詩の原理』の著述を断念し、せめてその一部としての、自由詩に関する論文だけを、体系的に著述しようと考えた。そこで鎌倉に居た間、約一カ年の時日を、もっぱらこの思索と著述とに没頭した。(鎌倉に於ける一カ年は、文字通りの哲人生活であって、朝から晩まで、僕は抽象上の思案にばかり耽《ふけ》っていた。人間的なるどんな生活も、僕は全く味わわなかった。)そして遂に、殆ど脱稿に近く一冊の書物を書きまとめた。
この著作に題して、僕は『自由詩の原理』という名をあたえた。それは三度稿を改め、始めから三度書き直した。そして脱稿と共に、アルスから出版する約束になっていた。ところが脱稿の間際《まぎわ》になって、僕はすっかり、力が弱り堅い思索に耐えないほど、気力のない弱々しい人間になってしまった。ひどい神経衰弱から、僕は絶望的な自暴自棄に陥ったので、折角|正《まさ》に出版を待ってる著作を、自分から怠惰に投げ出してしまった。しかしそれでも、近く出そうという下心だけは残っていたので、「近代風景」その他の雑誌で、しばしばこの『自由詩の原理』を近刊すべく、読者に約束したりした。
然るに東京に移ってから、元気がまた漸く回復し
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