ているのだろう。
すべてこうした誤解は、僕の使用する言語の意味と、読者の観念する言語の字義とが、本質的に食いちがっており、時には正反対にさえなっているため、避けがたく生ずるのである。そこで僕の立場としては、第一に言語の語義を説明し、一々の語に定義を立てて、それから論説を進めて行かねばならないのだ。しかし従来僕の書いたものは、すべて時々の雑誌に寄せたもので、もとより連絡も体系もない、一時的の断片論にすぎないのである。そうした片々たる小論で、言語の定義から説明して行くような行き方は、始めから不可能でもあり、かつ論文として退屈である。だから僕の立場としては、一切の説明を省略して、直ちに思想の中心に跳《と》び込んで行く外はなかったのだ。そしてこの点から、僕は独断的に思われたり、その点で非難や誤解を受けたりしたが、事情|止《や》むを得ないことでもあった。
要するに僕の論文は、一般読者にとって甚だしく「難解」のものであったらしい。そしてこの「難解」の責任は、或る点読者の側にもあるだろうが、主として矢張、僕自身の罪に負わねばならない。何しろ一冊の書物にもなってるほど、複雑した困難の問題を、月々の
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