も無かったろう。実に詩は現在《ザイン》しないものへの憧憬であり、所有を欲する「自由への欲情」に外ならないから。
 故に詩人は、彼が*気質的のセンチメンタリストであるほど、それほど逆に英雄的な叙事詩《エピック》の作家になり得るだろう。詩人が権力感情に高翔するのは、駱駝《らくだ》が獅子《しし》になろうとし、超人が没落によって始まるところの、人間悲劇の希臘《ギリシャ》的序曲である。あらゆる文明の源泉はこの叙事詩《エピック》から始まってくる。故に詩に於けるヒロイズムは、本質的に「悲痛なもの」を情操している。否むしろ、叙事詩《エピック》の真の魅惑は、その悲痛感によって尽きるのである。悲痛感を外にして、いかなる叙事詩の誘惑もありはしない。いかにゲーテのファウストやダンテの神曲やが、人間的弱小の非力感から、或る超人的なものへ飛ぼうとする悲痛な歎息を感じさせるか。そして支那《しな》の詩の多くのものが、沈痛無比な響を以て人生を慷慨《こうがい》悲憤していることぞ。そしてまたその故に、この種の詩ほど真の意味で情緒的で、感傷の深いものがどこにあろうか。
 されば叙事詩は言わば「逆説された抒情詩」であり、詩に対
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