おこう。
 さて象徴というこの言語は、一方また表現上から、観照のメタフィジックについても言われている。本章に於て、吾人《ごじん》は主としてこの方面から、象徴の語意を明らかに解説したいと思っている。なぜなら象徴の解説は、従来多くの人によって、この方面から試みられているにかかわらず、一も満足をあたえるものがないからだ。単に多くの人々は、象徴を以て一種の「比喩《ひゆ》」「暗示」「寓意《ぐうい》」の類と解している。もちろんこの解説は、必しも誤っているわけではない。だが極《きわ》めて浅薄であり、少しも象徴芸術の本質に触れていない。そして一層|滑稽《こっけい》なのは、象徴を以て曖昧《あいまい》朦朧とさえ解釈している。(実に仏蘭西の象徴派がそうであった。)かかる見当ちがいの妄見《もうけん》や、皮相な上ッつらの辞書的俗解を一掃して、吾人は此処に「象徴そのもの」の本質観を、だれにも解りよく、判然明白に解説しようと考えている。

        2

「認識する」ということは、「意味を掴《つか》む」ということである。そして意味には「感情の意味」と「知性の意味」の二つがあり、芸術の世界に於て相対していること
前へ 次へ
全334ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング