、人生の夢を追って一貫した詩人でありながら、一方には常に純粋な芸術家で、表現に苦心し、観照に徹しようとした真の芸術家であったのだ。実にもしそうでなかったら、いかなる価値ある作品も、彼等によって残されずにしまったろう。されば要するに詩人とは、生活者と芸術家との混血児で、しかも両者の血を多量に受けた、矛盾の中の美しい調和である。

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* 芭蕉は10[#「10」は縦中横]の生活者と10[#「10」は縦中横]の芸術家との、完全に調和した詩人である。然るに彼の亜流者等は、師から芸術至上主義の一面を見、単にその点のみを学んだ為、蕉門俳句をして後世の悪風流に堕落させた。
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     第十四章 詩と小説


 吾人《ごじん》が文学と称するものの中には、詩、*評論(章尾の註参照)、随筆、エッセイ、戯曲、小説等の種類がある。しかしこれ等の中、文学の両極を代表する形式は、詩と小説との二つであり、他はその中間的のものにすぎない。実に詩と小説とは、文学における南極と北極、即ち主観主義と客観主義との両極を、判然として対照している。吾人は特に、この関係について述べね
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