わば「主観を排斥する主観主義」「詩を内にもつ観照主義」の文学である。
 これに反して日本人は、本来主観性のない国民、客観性にのみ発育した人種であるから、すべて西洋から移植された文芸思潮は、日本に来て特別のものに変ってしまう。明治の浪漫派文学もそうであったが、――抽象観念のない日本人に、真の浪漫主義の理解される筈《はず》がない。――自然派文学に至ってはなお甚《はなは》だしく、殆《ほとん》ど全く霊魂を抜き去ってしまったところの、一種奇怪なる特殊のものに変形した。但しその新しき輸入当初に於ては、さすが尚《なお》西洋バタの臭《にお》いが強く、原物そのままの直訳的のものであった。即ち人の知る如く、初期に於ける我が国の自然主義は、独歩《どっぽ》、二葉亭《ふたばてい》、藤村《とうそん》、啄木《たくぼく》等によって代表され、詩的精神の極めて強調されたものであった。(田山|花袋《かたい》なども、初期の作品は極めて主観的で、詩的精神の強いものであった。)
 日本に於て、真の意味のロマンチシズムが発生したのは、思うに実にこの時であったろう。自然主義初期の文壇は、吾人《ごじん》の知る限り、日本に於ける最初の、
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