ている。だが日本の文学については、別に章を改めて後に説こう。
さて吾人は、既に芸術に於ける二つのもの、即ち音楽と文学とについて観察した。そしてこの何《いず》れもが、共にその芸術を詩的精神に置いていること、共に芸術中での「詩的なもの」であることを認識した。ではそもそも、芸術に於ける「詩的でないもの」はどこにあるのか。もちろん前にも言ったように、芸術の本質が美である以上、広義に、詩的でない芸術は考えられない。けれども比較に於ける関係からは、詩の主観的精神と対蹠《たいしょ》さるべき、純の客観芸術が考え得られる。すくなくとも芸術としての範囲に於て、自然主義の主張を文字通りに徹底させたようなもの、即ち一切の人間的温熱感を超越し、純に冷静なる知的の態度で客観された、真の徹底したる観照本位の芸術が有り得るだろう。
吾人はこの種の芸術を、或る種の美術について見るのである。既にしばしば、本書のずっと前から言っている如く、美術は芸術の北極であり客観主義の典型に属している。詩は音楽と共に、この点で美術の対蹠する南極に立たねばならぬ。しかしながら前に他の章(音楽と美術)で言っているように、美術それ自体の部
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