いという事――即ちプロゼックに感じられるということ――である。
 およそ詩的に感じられるすべてのものは、何等か珍しいもの、異常のもの、心の平地に浪《なみ》を呼び起すところのものであって、現在のありふれた環境に無いもの、即ち「現在《ザイン》してないもの」である。故に吾人はすべて外国に対して詩情を感じ、未知の事物にあこがれ、歴史の過去に詩を思い、そして現に環境している自国やよく知れてるものや、歴史の現代に対して詩を感じない。すべてこれ等の「現在《ザイン》しているもの」は、その現実感の故にプロゼックである。
 故に詩的精神の本質は、第一に先ず「非所有へのあこがれ」であり、或る主観上の意欲が掲げる、夢の探求であることが解るだろう。次に解明されることは、すべて詩的感動をあたえるものは、本質において「感情の意味」をもっているということである。この事実を例について証明しよう。例えば前の多くの場合で、神話が科学よりも詩的であり、月光の夜が白昼よりも詩的であり、奈良が大阪よりも詩的であり、恋愛が所帯暮しよりも詩的であり、秀吉が家康よりも詩的であるとして、一般の人々に定見されてるのはどういうわけか。
 先ず神話と科学を考えてみよ。昔の人は月を見て、嫦娥《じょうが》やダイヤナのような美人が住んでる、天界の理想国を想像していた。然るに今日の天文学は、月が死滅の世界であって、暗澹《あんたん》たる土塊にすぎないことを解明している。そしてこの科学の知識は、月に対する吾人の詩情を幻滅させる。なぜならそこには、自由な空想や聯想《れんそう》を呼び起すべき、豊富な感情としての意味がなく、冷たい知性の意味しか感じられないからだ。一般に夜の景色や霧のかかった風景やが、白昼のそれに比して詩的に感じられる理由も、またこれと同じである。即ち前の者には空想と聯想の自由があり、主観的なる感情を強く呼び起すのに、白昼に照らし出されたものには、そうした感情の意味がなく、反対に知的な認識を強制し、レアリスチックな観察をさせるからである。奈良と大阪との関係もこれに同じで、前者には歴史的の懐古があるのに、後者にはその感情の意味がなく、実務的な商業都市で、すべてが知性の計算に属するからだ。
 かく空想や聯想の自由を有して、主観の夢を呼び起すすべてのものは、本質に於て皆「詩」と考えられる。反対に空想の自由がなく、夢が感じられないすべてのものは、本質に於ての散文であり、プロゼックのものと考えられる。故に詩の本質とするすべてのものは、所詮《しょせん》「夢」という言語の意味に、一切尽きている如く思われる。しかしながら吾人の仕事はこの「夢」という言語の意味が、実に何を概念するかを考えるのである。
 夢とは何だろうか? 夢とは「現在《ザイン》しないもの」へのあこがれ[#「あこがれ」に傍点]であり、理智の因果によって法則されない、自由な世界への飛翔《ひしょう》である。故に夢の世界は悟性の先験的|範疇《はんちゅう》に属してないで、それとはちがった*自由の理法、即ち「感性の意味」に属している。そして詩が本質する精神は、この感情の意味によって訴えられたる、現在《ザイン》しないものへの憧憬《どうけい》である。されば此処《ここ》に至って、始めて詩の何物たるかが分明して来た。詩とは何ぞや? 詩とは実に主観的態度によって認識されたる[#「詩とは実に主観的態度によって認識されたる」に白丸傍点]、宇宙の一切の存在[#「宇宙の一切の存在」に白丸傍点]である。もし生活にイデヤを有し、かつ感情に於て世界を見れば、何物にもあれ、詩を感じさせない対象は一もない。逆にまた、かかる主観的精神に触れてくるすべてのものは、何物にもあれ、それ自体に於ての詩である。
 故に「詩」と「主観」とは、言語に於てイコールであることが解るだろう。すべて主観的なるものは詩であって、客観的なるものは詩でないのだ。しかし吾人は、此処で一つの疑問が提出されることを考えてる。なぜなら本書のずっと前の章(主観と客観)で言ったように、詩それ自体の部門に於て、主観主義と客観主義との対立があるからだ。詩がもし主観と同字義であるならば、詩に於ける客観派と言うものは考えられない。次にまた或る多くの芸術品は、極《きわ》めて客観的なレアリズムでありながら、本質に於て強く詩を感じさせる魅力を持ってる。これはどうしたものだろうか。すべてこれ等のことについて、本篇と次篇の全部にわたり、徐々に解明して行くであろう。

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* カントは「理性」を二部に区分し、因果の理性と自由の理性を対立させた。即ち所謂「純粋理性」と「実践理性」とがこれである。カントの意味では、この自由の理性が倫理にのみ関している。しかしそれが「感情の意味」を指す限り、単なる道徳感ばかりでなく、芸術上
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