り、大体に於て一貫する主脈の思想は、十年後の今の私も依然として同じであり、堅く自分はその創見と真実を信じきってる。
 私がこの書を書いたのは、日本の文壇に自然主義が横行して、すべての詩美と詩的精神を殺戮《さつりく》した時代であった。その頃には、詩壇自身や詩人自身でさえが、文壇の悪レアリズムや凡庸主義に感染して、詩の本質とすべき高邁《こうまい》性や浪漫性を自己虐殺し、却《かえ》って詩を卑俗的デモクラシイに散文化することを主張していた。したがってこの『詩の原理』は、かかる文壇に対する挑戦《ちょうせん》であり、併《あわ》せてまた当時の詩壇への啓蒙《けいもう》だった。
 今や再度、詩の新しい黎明《れいめい》が来て、詩的精神の正しい認識が呼び戻された。すべての美なるもの、高貴なるもの、精神的なるもの、情熱的なるもの、理念的なるもの及び浪漫的なる一切のものは、本質的に詩精神の泉源する母岩である。そして日本の文壇は、今やその母岩の発掘に熱意している。単に文壇ばかりではない。日本の文化と社会相の全部を通じて、詩精神が強く熱意されてる事、今日の如き時代はかつて見ない。過去約十年の間に、十数版を重ねて一万余人の読者に読まれたこの小著が、長い間の悪い時代を忍びながらも、かかる今日の時潮を先駆して呼ぶために、多少の予言的責務を尽したかも知れないことに、著者としての自慰を感じて此所《ここ》に序文を書くのである。

  西暦一九三八年五月
[#地から2字上げ]著者
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       ――読者のために――

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 この書物は断片の集編ではなく、始めから体系を持って組織的に論述したものである。故《ゆえ》に読者に願うところは、順次に第一|頁《ページ》から最後まで、章を追って読んでもらいたいのである。中途から拾い読みをされたのでは、完全に著者を理解することができないだろう。
 各章の終に附した細字の註《ちゅう》は、本文の註釈と言うよりは、むしろ本文において意を尽さなかった点を、さらに増補して書いたのである。故に細字の分も注意して読んでいただきたい。『詩の原理』について、自分が始めて考え出したのは、前の書物『新しき欲情』が出版された以前であって、当時既に主題の一部を書き出していた。したがってこの書の思想の一部分は、前の書物『新しき欲情』の中にも散在している。
 この書は始め八百枚ほどに書いた稿を、三度書き換えて後に五百枚に縮小した。なるべく論理を簡潔にし、蛇足《だそく》の説明を除こうとしたからである。特に自由詩に関する議論は、それだけで既に三百枚の原稿紙になってる稿本『自由詩の原理』を、僅《わず》かこの書の一二章に縮小し、大略の要旨だけを概説した。したがって或る種の読者には、多少難解と思われる懸念もあるが、十分注意して精読すれば、決して解からないと言うところはないと思う。
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     目次


新版の序
読者のために

    概論

詩とは何ぞや

    内容論

第一章 主観と客観
第二章 音楽と美術
第三章 浪漫主義と現実主義
第四章 抽象観念と具象観念
第五章 生活のための芸術・芸術のための芸術
第六章 表現と観照
第七章 観照に於ける主観と客観
第八章 感情の意味と知性の意味
第九章 詩の本質
第十章 人生に於ける詩の概観
第十一章 芸術に於ける詩の概観
第十二章 特殊なる日本の文学
第十三章 詩人と芸術家
第十四章 詩と小説
第十五章 詩と民衆

    形式論

第一章 韻文と散文
第二章 詩と非詩との識域
第三章 描写と情象
第四章 叙事詩と抒情詩
第五章 象徴
第六章 形式主義と自由主義
第七章 情緒と権力感情
第八章 浪漫派から高蹈派へ
第九章 象徴派から最近詩派へ
第十章 詩に於ける主観派と客観派
第十一章 詩に於ける逆説精神
第十二章 日本詩歌の特色
第十三章 日本詩壇の現状

    結論

島国日本か? 世界日本か?
『詩の原理』の出版に際して
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[#改丁]

   概論



     詩とは何ぞや


 詩とは何だろうか? これに対する答解は、形式からと内容からとの、両方面から提出され得る。そして実に多くの詩人が、古来この両方面から答解している。もしこれ等の答解にして完全だったら、吾人《ごじん》はそのどっちを聞いても好いのである。なぜなら芸術に於《お》ける形式と内容の関係は、鏡に於ける映像と実体の関係だから。
 しかしながら吾人は、そのどっちの側からの答解からも、かつて一つの満足のものを聞いていない。特に内容からされたものは、一般に甚《はなは》だしく独断的で、単に個人的な立場に於ける、個人的な詩を主張してい
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