宗教感や倫埋感がないから、したがって真のデカダンやダダイストも無いのである。デカダンやダダイストは、宗教感の線外にいる人物ではなく、同じ一つの線の上で、それと向き合っている反動家である。故に彼等について、その一端を叩《たた》けば他の反対が上ってくる。著者の知ってる限り、日本に真のデカダンは一人しかない。生活者の辻潤である。
** 日本の文学者は、詩的精神の喪失を以て老成の証左と考えている。これが西洋流の啓蒙観なら好いけれども――それだったら別の詩的精神が、他の一端で高調されている筈である。――日本のはそうでなく、根本的に詩そのもの、ヒューマニチイそのものを紛失させて、俗物的に納ったり、野狐禅《やこぜん》的に悟り顔をすることで、自ら得意としているのだからたまらない、畢竟《ひっきょう》彼等は、自然主義の精神を履《は》きちがえているのである。世に逆説の精神を知らずして、逆説を学ぶほど危険はない。この意味から日本の文壇は、自然主義によって堕落させられたと言い得るだろう。
[#ここで字下げ終わり]
第十三章 詩人と芸術家
詩人は芸術家であるか? と言う質問は、ヴァイオリンは楽器であるかという質問に同じく、馬鹿馬鹿しくとぼけ[#「とぼけ」に傍点]て聞える。だがこの質問は、いつでも我々詩人にとって、真面目《まじめ》に、本気に、提出される疑問である。なぜなら我々は、実際に芸術家でないところの、多くの本質的な詩人を知っているからだ。彼等は芸術的な表現を持っていない。然も気質的には、どんな詩人にも劣らぬような、情熱の高いイデヤをもち、不断のロマンチックな夢にあこがれ、常に純一な主観を高調している。例えば耶蘇《ヤソ》やマホメットのような宗教家、コロンブスやマルコ・ポーロのような旅行家、ソクラテスやブルノーのような情熱哲学者、孔子《こうし》や老子のような人間思想家、吉田|松陰《しょういん》や雲井|龍雄《たつお》のような志士革命家を指すのである。
彼等は実際に芸術家じゃない。否|或《あるい》は多少の芸術家であるかも知れない。だが一二の拙い詩を作ったソクラテス、記録的な旅行記を書いたマルコ・ポーロを、実の定評ある文学者に比較する時、前者が批判外に属するのは明らかだ。何人《なんぴと》も、何《いず》れが芸術家であるかという質問に対して、躊躇《ちゅうちょ》なく後者を答えるだろう。しかしながら質問の言葉を換えて、もし何れが詩人的な人物かと聞くならば、おそらく何人も、多少の困惑と躊躇なしに、答えることができないだろう。実際あの浪漫的な空想旅行家マルコ・ポーロやコロンブスが、職業的文士たる小説家等に比して、人物的に詩人でないということはだれも言えない。否その点で言うならば、むしろ却《かえ》って彼等の方が、気質的の詩人であるか解らない。著述として見ても、宗教の経典や、プラトンの哲学や、老子の道徳経や、マルコ・ポーロの旅行記やの方が、写実主義的な美術や小説の類に比して、より多く詩的であり、詩という言語の本質感に接近している。
かく考えれば、詩と芸術、詩人と芸術家とは、必ずしも同一異名の言語でなくして、どこかに或る質の違った、精神を別にするものがあるように思われる。すくなくとも「詩」の定義は、「芸術」の定義と同じでない。もしそうならば、宗教の経典や、或る種の哲学書のような、純粋の意味で芸術品と言えないものが、より純粋であるところの、真の芸術品たる美術や小説の類に比して、却って詩的であると言うことは不思議であり、認識上の混乱した矛盾になる。故に詩と芸術とはたしかに別々の言語に属し、厳重の意味に於て区別される。そこで次に起る問題は、詩人とは何ぞや? 芸術家とは何ぞや? という、二つのはっきり[#「はっきり」に傍点]した質問である。先《ま》ず前の問から答えて行こう。
詩人とは何だろうか? 言うまでもなく詩人とは詩的精神を高調している人物である。では詩的精神とは何だろうか? それについては前に述べた。即ち主観主義的なる、すべての精神を指すのである。故に「詩人」の定義は、一言にして言えば「主観主義者」である。詳しく言えば、詩人とはイデアリストで、生活の幻想を追い、不断に夢を持つところの人間夢想家《ヒューマンドリーマア》。常に感じ易《やす》く情熱的なる人間浪漫家《ヒューマンロマンチスト》を指すのである。されば実の詩人は、常に空想的なる旅行家、冒険家、革命家、宗教家、哲学者等に見る範疇《はんちゅう》で、言語の純粋な意味に於ては、彼等こそ真の詩人と言うべきである。そして芸術家としての所謂《いわゆる》詩人も、この気質的なる本質では、常に彼等の人間夢想家《ヒューマンドリーマア》と一致している。例をあげてみよう。概《おおむ》ねの所謂詩人はその通りで、悉《ことごと》く皆
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