は、時に小説を指して歴史(文学的歴史)と言い、或《あるい》は散文の叙事詩と呼んでいる。だがこうした呼び方は、もちろん言語上の比喩《ひゆ》であって、具体的に適応しないのは勿論《もちろん》である。明白に言って小説は――どんな歴史物語的の小説でも――実の歴史とちがっているし、また勿論叙事詩とも根本でちがっている。なぜなら小説の表現は、史上の事件を「描写する」のに、歴史はこれを「記述する」し、叙事詩は「情象する」からである。

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 叙事詩と小説の相違は、琵琶歌《びわうた》と講談の相違である。琵琶歌は感情の浪《なみ》に乗って事件が語られ、講談はそれがさも有る如く、事件がレアールに描写される。
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 叙事詩に類する別の韻文は、劇詩と称するものであって、これの舞台に於ける様式を詩劇と言う。この劇詩や詩劇やが、普通の科白劇とちがうところは、後者が「知性の意味」を主とし、人生のレアールな真相を表現しようと欲するのに、前者は「感情の意味」を主として、神秘、荘厳、優艶《ゆうえん》、典雅等の、情的な意味や気分を出そうとする。即ち後者の表現は「描写」であって、前者の表現は「情象」である。西洋のバレー、パントマイム、オペラ、日本の能楽、歌舞伎劇等は、その脚本の韻文――即ち劇詩――と共に、前者に属すべきものであろう。
 しかしながら西洋の古典詩中、いろいろな意味で叙事詩《エピック》の対象となるべきものは、実に女詩人サッホオ等に代表される抒情詩《リリック》である。この「叙事詩」と「抒情詩」とは実に西洋詩の二大|範疇《はんちゅう》と言うべきもので、古典韻文の既に全く凋落《ちょうらく》した近代に至っても、尚《なお》或る変貌《へんぼう》した形に於て、本質上から互に対立している有様である。おそらくこの二つの詩派の対立は、永遠に世界の終るまで、避けがたく両立する二大系統であるだろう。しかしこの解説は後に譲り、尚表面上の説明を続けて行こう。
 古典韻文としての抒情詩《リリック》は、形式に於ても内容に於ても、大体ほぼ叙事詩《エピック》に類している。しかしながらただ、或る一の相違で名称を異にしている。その根本的なる相違は、叙事詩《エピック》が*男性的であるに対し、抒情詩《リリック》が女性的であるということである。即ち詳説すれば、叙事詩《エピック》の詩題は主に英雄談、冒
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