ふうぼう》を感じさせる作家が、殆ど稀《ま》れにしかいないのである。日本のたいていの作家は、単に文士 Writer という雑駁《ざっぱく》な感銘をあたえるのみである。けだし日本は、三千年来世界と孤立した特殊国で、文物と国風の一切がちがっており、全くユニックに発育した国であるのに、最近外国からの文化が渡来した為、何もかも無茶苦茶の混線となってしまったのである。――雑駁のもの、あにただ今日の文士のみならんや。――以下日本の特殊文学を考えるため、先《ま》ず我々の国民性から説いて行こう。

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 日本人の著るしい特色は、極《きわ》めてレアリスチックな国民であるということである。天気晴朗、鳥の空に囀《さえ》ずる日に、何ぞ明日のことを悩まんやという、極めて楽天的な現実思想は、古来から日本人に一貫している。故に日本人は、宗教的な気風や哲学的の瞑想《めいそう》を全く持たない。日本のあらゆる文化は、昔から徹底的な現実主義《レアリズム》で特色している。例えば詩を見ても、この点が西洋と著るしくちがっている。西洋の詩は、一般に観念的・瞑想的であるけれども、日本の詩は極めて現実的で、日常生活の別離や愛慕に関している。特に俳句の如きは、就中《なかんずく》、レアリスチックの詩であって、殆《ほとん》ど自然の風物描写と、日常茶飯事の詠吟を以て事としている。思うに世界に於て、日本の俳句の如く現実主義な抒情詩《じょじょうし》は一も無かろう。また西洋では、瞑想的な詩を除く外の大部分は、殆どみな恋愛詩であるのに、日本の詩には比較的それがすくなく、主として自然描写の詩が多いのである。これ恋愛の本質は倫理感に属するのに、日本人は気質的に超道徳者で、西洋人の如き基督《キリスト》教的強烈の倫理感を持たないためだ。
 詩について観察したこの事実は、他のすべての文化に通じて同じである。日本人には*宗教感や倫理感の素質がない。然るに宗教感や倫理感は、それ自ら主観主義文学の根拠であるから、日本には昔から、その種の文学や芸術は発達しない。日本にある芸術は、昔から客観主義を徹底した、レアリズムの物ばかりである。例えば日本では、音楽は一向に発達しない。第一日本人は、先天的に音楽を好まない。(日本人の音楽|嫌《ぎら》いは、世界的に有名なものである。)これに反して、美術は、殆ど世界的に発達している。公平に考えて、日本
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