をかんじはじめた、
子供は実に、はつきりとした声で叫んだ。
みればそこには笛がおいてあつたのだ。
子供が欲しいと思つてゐた紫いろの小さい笛があつたのだ。
子供は笛に就いてなにごとも父に話してはなかつた。
それ故この事実はまつたく偶然の出来事であつた。
おそらくはなにかの不思議なめぐりあはせであつたのだ。
けれども子供はかたく父の奇蹟を信じた。
もつとも偉大なる大人の思想が生み落した陰影の笛について、
卓の上に置かれた笛について。
[#ここに室生犀星氏が寄稿した「健康の都市」という長文が入ります。氏の著作権は現時点(1998年8月)保護されていますので、掲載をひかえさせていただきます]
故田中恭吉氏の芸術に就いて
雑誌「月映」を通じて、私が恭吉氏の芸術を始めて知つたのは、今から二年ほど以前のことである。当時、私があの素ばらしい芸術に接して、どんなに驚異と嘆美の瞳をみはつたかと言ふことは、殊更らに言ふまでもないことであらう。実に私は自分の求めてゐる心境の世界の一部分を、田中氏の芸術によつて一層はつきりと凝視することが出来たのである。
その頃、私は自分の詩集の装幀や※[#
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