、
それだのに、なんだつて君は、そこで私をみつめてゐる。
なんだつてそんなに薄気味わるく笑つてゐる。
おお[#「おお」に傍点]、もちろん、わたくしの腰から下ならば、
そのへんがはつきり[#「はつきり」に傍点]しないといふのならば、
いくらか馬鹿げた疑問であるが、
もちろん、つまり、この青白い窓の壁にそうて、
家の内部に立つてゐるわけです。
椅子
椅子の下にねむれるひとは、
おほいなる家《いへ》をつくれるひとの子供らか。
春夜
浅蜊のやうなもの、
蛤のやうなもの、
みぢんこのやうなもの、
それら生物の身体は砂にうもれ、
どこからともなく、
絹いとのやうな手が無数に生え、
手のほそい毛が浪のまにまにうごいてゐる。
あはれこの生あたたかい春の夜に、
そよそよと潮みづながれ、
生物の上にみづながれ、
貝るゐの舌も、ちらちらとしてもえ哀しげなるに、
とほく渚の方を見わたせば、
ぬれた渚路には、
腰から下のない病人の列があるいてゐる、
ふらりふらりと歩いてゐる。
ああ、それら人間の髪の毛にも、
春の夜のかすみいちめんにふかくかけ、
よせくる、よせくる、
このしろき浪の列はさざなみです。
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