ぐましくなる。

 過去は私にとつて苦しい思ひ出である。過去は焦躁と無為と悩める心肉との不吉な悪夢であつた。
 月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。
 私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘づけにしてしまひたい。影が、永久に私のあとを追つて来ないやうに。
[#地付き]萩原朔太郎


詩集例言

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一、過去三年以来の創作九十余篇中より叙情詩五十五篇、及び長篇詩篇二篇を選びてこの集に納む。集中の詩篇は主として「地上巡礼」「詩歌」「アルス」「卓上噴水」「プリズム」「感情」及び一、二の地方雑誌に掲載した者の中から抜粋した。その他、機会がなくて創作当時発表することの出来なかつたもの数篇を加へた。詩稿はこの集に納めるについて概ね推敲を加へた。

一、詩篇の排列順序は必ずしも正確な創作年順を追つては居ない。けれども大体に於ては旧稿からはじめて新作に終つて居る。即ち「竹とその哀傷」「雲雀料理」最も古く、「悲しい月夜」之に次ぎ、「くさつた蛤」「さびしい情慾」等は大抵同年
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