る森の小路で、夏の夕景を背に浴びながら、女はそつと私に近づき、胸の秘密を打ち明けようとする様子が見えた。私はその長い前から、自分を偽つてゐる苦悩に耐へなくなつてた。自分は一高の生徒でもなく、況んや貴族の息子でもない。それに図々しく制帽を被り、好い気になつて『若様』と呼ばれて居る。どんなに弁護して考へても、私は不良少年の典型であり、彼等と同じ行為をしてゐるのである。
私は悔恨に耐へなくなつた。そして一夜の中に行李を調へ、出発しようと考へた。
翌朝早く、私は裏山へ一人で登つた。そこには夏草が繁つて居り、油蝉が木立に鳴いて居た。私は包から帽子を出し、双手に握つてむしり[#「むしり」に傍点]切つた。
麦藁のべりべり[#「べりべり」に傍点]と裂ける音が、不思議に悲しく胸に迫つた。その海老茶色のリボンでさへも、地面の泥にまみれ、私の下駄に踏みつけられてゐた。
底本:「日本の名随筆38 装」作品社
1985(昭和60)年12月25日第1刷発行
底本の親本:「萩原朔太郎全集 第八巻」筑摩書房
1976(昭和51)年7月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2006年9月18日作成
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