まった。夫人はもしかすると、自分の神経に異状があり、狂気しているのではないかと思った。彼女は鏡の前に立って、瞳孔《どうこう》が開いているかどうかを見ようとした。
 毎日毎日、その忌《いま》わしい奇怪の事実が、執拗にウォーソン夫人を苦しめた。彼女はすっかりヒステリカルになってしまい、白昼事務室の卓の上にも、猫の幻影を見るようになってしまった。時としてはまた、往来を歩くすべての人が、猫の変貌《へんぼう》した人間のように見えたりした。そういう時に彼女は、その紳士めかした化猫の尻尾《しっぽ》をつかんで、街路に叩《たた》きつけてやりたいという、狂気めいた憎悪《ぞうお》の激情に駆り立てられ、どうしても押えることができなかった。
 それでも遂《つい》に、理性がまた彼女に回復して来た。この不思議な事件について、第三者の実証を確めるために、友人を招待しようと考えたのだ。それで三人の友人が、いつも猫の現われる時間の少し前に、彼女の部屋に招待された。二人は同じ職業の婦人であり、一人は死んだ良人の親友で、彼女とも家族的に親しくしていたところの、相当年輩に達した老哲学者であった。
 訪客と主人を加えて、丁度四脚
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