の注意を集中させようとしたのである。
人々はちょっとの間、夫人の指さす所を見た。しかしすぐに眼をそらして、他の別の話を始めた。だれも猫については、少しも注意していないのである。多分皆は、そんなつまらない動物に、興味を持とうとしないのだろう。そこでまた夫人が言った。
「どこから這入って来たのでしょう。窓は閉めてあるし、私は猫なんか飼ってもいないのに。」
客たちはまた笑った。何かの突飛《とっぴ》な洒落《しゃれ》のように、夫人の言葉が聴えたからだ。すぐに人々は、前の話の続きにもどり、元気よくしゃべり[#「しゃべり」に傍点]出した。
夫人は不愉快な侮辱を感じた。何という礼義知らずの客だろう。皆は明らかに猫を見ている。その上に自分の質問の意味を知ってる。自分は真面目で質問した。それにどうだ。皆は空々しく白ばっくれて、故意に自分を無視している。「どんなにしても」と、夫人は心の中で考えた。「この白ばっくれた人々の眼を、床の動物の方に引きつけ、そこから他所見《よそみ》が出来ないように、否応なく釘付《くぎづ》けにしてやらねばならない。」
一つの計画された意志からして、彼女は珈琲《コーヒー》茶碗《
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