だ。湖水地方の案内も記事も畫も少しは見て居る。併し古い言葉だが百聞一見に如かず。實景はまた格別であらうが、殘念ながら諸君の話を羨ましさうに聞いて居るのみであつた。
 一泊の後翌日は西湖へ船で行つた。この邊は私一個としては曾遊の地で、この河口湖の横斷も嘗て試みた處であるが、恁ういふ靜かな渡し船は幾度くりかへしても快いものだ。特に今は新緑の季で山や森の緑がそれぞれの色を競つて所謂滴るやうである。對岸に近づくとその岸邊から山の方へかけて、何とも知らぬ柔らかさうな新芽を豐かにふいた、遠くから見ると柳かとも思はれる樣な樹が澤山に立ち竝んで居る。葉の色はややうこんにも近いほどで、いかにも若々しさを見せて居る。船から上つてよくよく見れば、それは柿の木であつた。柿、柿は枝ぶりも良い、その枯枝に烏のとまつたのは俳人の詠に殘された位である。枝ぶりも良い、が葉ぶりも惡くなく、その果實の味は言ふまでもないとして、これもまた私共特有の誇るに足るべき樹であらうか。
 船から上つて坂道を行くと、この僻地にも小學校はある。折から放課の時刻であつたか、大勢の子供達は、私達異樣な連中の大勢來たのを見て、ワイワイとはやして
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸川 秋骨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング