片の藁のやうに、人をその空想と共に伴ひ去り、時間と空間との内に疾く走り行く。人の世の瀬には、オアズのこの曲折して行く河のやうに、數多の曲線があり、樂しい田園の内にさすらひまた戻つて來る。而もよく考へて見れば決して戻つて來る事はない。よし流れは同じ時刻に、牧場の同じ場所に再び來るとするも、前とその時との間には大きな變りがある。數多の細流は流れ込んだであらう。數多の蒸發は太陽の方に登つた。そして場所は同じとしても、それは同じオアズの流れではあるまい。左ればオルニイの美人達よ、私の一生の、さすらふ宿命は、再び私を導いて、あなた方が河の邊りで死の呼び笛を待て居る處に歸つて來たとしても、その時町を歩む私はもとの私ではあるまい、そしてその時の夫人となつて居る人、母となつて居る人も、果してあなた方であるだらうか。」
 私共は大月驛から自動車で目指す河口湖畔へ向つた。自動車は猛烈な、亂暴な奴で、抛り出されさうである。顛覆しさうでもある。一臺はパンクした。私達の乘つて居るのは、ガソリンがなくなつて運轉不能になつた。同乘したN夫人はまだ日本の間に合せの文化になれない人だから、定めし驚いた事であらうと察しら
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