ゐて直ぐ斯う聞いた。みのるは今日の式塲で義男の縞の洋服がたつた一人目立つてゐた事を考へながら默つて笑つた。
「借りたの。」
うなづいたみのるも、うなづかれた義男も、同じ樣に極りの惡るそうな顏をした。こんな時にお互に禮服の一とつも手許にないと云ふ事がれい/\とした多くの人の集まつた後では特《こと》に強く感じられてゐた。
「あなたの服裝《なり》は困つたわね。」
「まあいゝさ、君さへちやん[#「ちやん」に傍点]としてゐれば。」
義男は然う云つてから、もう一度みのるの借着の姿を見守つた。義男はそれを何所から借りたのかと聞いたけれども、みのるは小石川から借りたとは云はなかつた。舊《もと》の學校の友達から然うした外見《みつとも》ない事を爲《し》たと云つたなら、義男は猶厭な思ひがするであらうと思つたからであつた。みのるは自分の許へ親類の樣に出入りしてゐる商人の家の名を云つて、其所から都合して貰つたのだと云つた。そうして、何時も困つてゐるといふ噂のある義男の友人の妻君が、ちやんとしてゐた事をみのるは思ひ出して感心した顏をして義男に話した。
「私たちみたいに困つてゐる人はお友達の中にもないと見えるわ。」
「然うだらう。」
義男は然う云つて着てゐた洋服を脱いだ。そうして少時《しばらく》ズボンの裾を引つくり返して見てから、
「これもこんなに成つてしまつた。」
と云ひながらその摺《す》り切れたところをみのるに見せた。秋か春に着るといふ洋服を義男は暑い時も雪の降る時も着なければならなかつた。そうして何か事のある度にこの肩幅の廣い洋服を着てゆく義男の事を思つた時、今日のみのるは例の癖のやうに自分どもの貧しさを一種の冷嘲で打消して了ふ譯にはいかなかつた。さん/″\悲しみの光景に馴らされてきたその心から、眞から哀れつぽく自分たちの貧しさを味はふやうな涙がみのるの眼にあふれてきた。
「可哀想に。」
みのるは彼方《あちら》を向いて、自分も着物を着代へながら然う云つた。世間を相手にして自分たちの窮乏を曝さなければならない樣な羽目になると、二人は斯うしていつか知らず其の手と手を堅く握り合ふやうな親しさを見せ合ふのだとみのるは考へてゐた。
「何うかして君のものだけでも手許へ置かなけりや。」
義男は然う云ひながら入湯に出て行つた。一人になるとみのるは今日の葬列の模樣などが其の眼の前に浮んで來た。花の
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