伝統と進取
九鬼周造
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)可笑《おか》しい
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ひたすらに伝統の匂いをかいで足れりとする者であるかのような非難を私は近頃うけた。これは馬鹿げた非難だと一口でいってしまえばそれまでのことであるが、また考えようによってはいい機会でもあるから、果してこの非難が当っているかどうかを、私は出来るだけ客観的に自分について調べてみたいと思う。
この非難は二つの事項を含んでいる。ひたすら伝統の匂いをかぐというのが一つであり、それだけで足れりとするというのがもう一つである。まず第二の点から考察していこう。私が伝統の固守をもって足れりとする者でないことは私自身にはあまりにも明白なことである。私は西洋文化からも大いに学ぶべきところのあることを堅く信じている者で、私の生活の一半は西洋文化の学習に捧げているようなものである。故国の文化はますます肥っていかなければならない。そのためには外国の新しいものの長を採っていかなければならない。このことはあまりに解りきった平凡なことで今日となってはことさら主張するのも可笑《おか》しいほどである。単に学術や技
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