郎《にしだきたろう》先生をお誘いして貴船《きぶね》へ遠足してアマゴでも食べようということになった。天野貞祐君が西田先生のところへ行ってアナゴを食べに貴船へお出になりませんかというと、先生はアナゴのような脂ッこいものはおれはいやだと答えられた。天野君が和辻君にその由を伝えると和辻君はアナゴではなくてアマゴであることを説明した。西田先生もアマゴなら食ってもいいといわれて貴船行の計画がめでたく成立った。これはアマノ[#「アマノ」に白丸傍点]がアマゴ[#「アマゴ」に白丸傍点]とアナゴ[#「アナゴ」に白丸傍点]を間違えた話である。関東育ちでカントの『純粋理性批判』の訳者である天野君はアナゴは知っていたがアマゴを知らなかったのである。
 今年の歳末にその天野君と落合太郎君と私とで寒い晩に四条通の喫茶店へ茶を飲みに行ったことがある。給仕の少女に九鬼は紅茶とビスケットをくれないかといった。ビスケットってクッキーのことですかと少女が尋ねた。九鬼は「クッキーなら貰《もら》わないでもこっちから上げるよ」といって笑ったが、何かしら胸にグキット感じた。ビスケットという古い言葉がクッキーという新しい言葉に代ってし
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