コ全体の畳敷に対して床の間の二元性が対立の力を減ずるからである。床の間は床板を張って室内の他部と判明に対立することを要する、すなわち床の間が「いき」の条件を充《みた》すためには本床であってはならない。蹴込床《けこみどこ》または敷込床を択ぶべきである。また、「いき」な部屋では、床の間と床脇の違棚《ちがいだな》とにも二元的対立を見せる必要がある。例えば床板には黒褐色のものを用い、違棚の下前《したまえ》にはひしぎ竹の白黄色のものを敷く。それと同時に、床天井と棚天井とに竹籠編《たけかごあみ》と鏡天井とのごとき対立を見せる。そうして、この床脇の有無がしばしば、茶屋建築の「いき」と茶室建築の「渋味」との相違を表わしている。また床柱《とこばしら》と落掛《おとしがけ》との二元的対立の程度の相違にも、茶屋と茶室の構造上の差別が表われているのが普通である。
しかしながら、「いき」な建築にあってはこれら二元性の主張はもとより煩雑《はんざつ》に陥ってはならない。なお一般に瀟洒《しょうしゃ》を要求する点において、しばしば「いき」な模様と同様の性質を示している。例えばなるべく曲線を避けようとする傾向がある。「いき」な建築として円形の室または円天井《まるてんじょう》を想像することはできない。「いき」な建築は火灯窓《かとうまど》や木瓜窓《もっこうまど》の曲線を好まない。欄間《らんま》としても櫛形《くしがた》よりも角切《かくぎり》を択ぶ。しかしこの点において建築は独立な抽象的な模様よりはやや寛大である。「いき」な建築は円窓《まるまど》と半月窓《はんげつまど》とを許し、また床柱の曲線と下地窓《したじまど》の竹に纏《まと》う藤蔓《ふじづる》の彎曲《わんきょく》とを咎《とが》めない。これはいずれの建築にも自然に伴う直線の強度の剛直に対して緩和を示そうとする理由からであろう。すなわち、抽象的な模様と違って全体のうちに具体的意味をもつからである。
なお、建築の様式上に表わるる媚態の二元性を理想主義的非現実性の意味に様態化するものには、材料の色彩と採光照明の方法とがある。建築材料の色彩の「いき」は畢竟《ひっきょう》、模様における色彩の「いき」と同じである。すなわち、灰色と茶色と青色の一切のニュアンスが「いき」な建築を支配している。そうして、一方に色彩の上のこの「さび」が存すればこそ、他方に形状として建築が二
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