を取調もせずに事業を彼の山に許すと云ふは、根本に於て間違つて居る。去らば是は惡意でしたものかと云ふに、是は不注意と學問が無いからで、學者があつても其を活用しなければ無學同樣である、農商務省に學者なしと斯うなつて來る。又古來斧斤を入れない所の深山を一萬町も濫伐させて、水源を涸すことをさせると云ふは、是は智慧が無いのではない惡意である。山林濫伐をすればどう云ふ惡い事が出來て來る、と云ふことは分かつて居る。是は不注意でなくして惡意である。また足尾銅山がどう云ふ働をして居るか其の働も見ないで、足尾銅山は年に二百萬圓以上の仕事をやるからして、是は國の財源で大切な山である、東洋一であると云ふ樣なことを言ふて居るが、其鑛業に依て生ずる害は、一方には山林を濫伐し、一方には三萬三千町歩以上の田地を毒害し、十萬の人間に毒水を飮ませ毒食をさせると云ふことをして置いて、國の本當の財源と云ふものが人民の方に在る事に氣が付かない。此の國の財源を粗末にして、一方の鑛業が如何なる惡事をするかと云ふことを問はずして、唯だ鑛山が國の財源である抔と言ふ。一と通りの頭でそんな議論が出るもので無い、當り前の腦髓を持つて居る官吏ならば斯樣な馬鹿なことを言ふもので無い。是には事情がある。――喋々せぬでも御察しの事であると思ふ。斯樣な譯で、今日まで農商務省の取扱と云ふものは、知らないのか、學問が無いのか、惡い事をするのか、實に言語に絶えた次第でござりまする。北海道の開墾地は何年の星霜を經てどれだけの田地が出來ましたか。明治四年から始めて漸く九萬町が聊か缺けて居る。其内納税地が七ン町ばかりあるが租税と云ふは名ばかりである、何にせよ收穫がありやしない、是に費す所の金は數千萬圓、北海道に斯の如く金を入れるかと思へば、關東で一番良い地面一段百五十圓二百圓と云ふ地面をどん/\潰すことは一向知らぬ顏して居る。物の偏頗と云ふものは、斯の如き結果になる。
是より鑛毒の恐るべき大害であると云ふ御話を少こし致します。――先づ鑛毒で植物が枯れる。魚が取れぬ。人の生命が縮まる。斯樣な譯で、銅山に毒があれば動植物に害を與へると云ふことは古來學者の定論で、農商務の官吏が皆正直でさへあれば其れで宜しいのである。學者の定論があるにも拘らず、妙な考からして分らなくしてしまうのである。先づ近き例を申せば、明治廿五年農科大學の試驗の成績はどうである。前年栃木縣農事試驗所に於て致した所の試驗、又明治廿二年と廿九年の兩度に於て醫科大學の三宅秀と云ふ人が、鑛毒が衞生に害があると云ふことを二囘栃木縣へ來て演説された。其他色々の調により、銅山の毒が何に障るかと云ふ位の事は分り切つて居るのに、農商務省が分からぬと云ふは不思議千萬である。銅山製鑛所の烟害と云ふものが山林を枯して山を禿にするばかりで無い、此の烟突から出る烟が風に從つて或は東或は西、數里の間山に登つて、目に見へるだけ皆な禿山になつてしまつた。木ばかりでは無い、竹草苔と云ふものまでも綺麗に之を枯してしまふ。烟の中に一種の灰が混つて居る。此灰が觸れると忽ち葉が枯れると申しまする。是は化學者の領分で、私は細かい御話をしませぬが、何にしろ木が枯れる。日本開始以來斧斤を入れない山と云ふものは、木の根で網の如く絡んで居て、落ちようとする土砂を木の根で固く抑へて居り、崩れかゝる巖石を木の根で固く支へて居る。是を伐つてしまつたから山の土石が崩れる。今四五年經つて此根が腐つてしまへば、必ず山が大崩れに崩れて如何なる災害が來るかわからぬ。昨年の洪水は未だ此點にまで達したのではござりませぬ。斯樣なことも前に分つて居る。今日の所は、唯今水源が乾燥して多少の土砂が流れ出る、製鑛所からも砂を流す、山からも砂が流れて來るので川が埋つた。川の埋り方も、他の利根川や鬼怒川北上川と云ふ川の埋り方と違つて、故らに土砂を流す仕懸になつて居りますから、川底が他の川々よりも急に高くなる。今日の所、後來恐れますのは、此山の崩れると云ふことが一度はあると云ふことを明言して置かなければなりませぬ。――まるで取締らぬでは無い、伐つた跡に木を植へろと云ふ命令を下してある。七千町の木を伐つた時に命令を下して、今日いくら植へてあるかと云ふと、五十三町しか植へてない。たとひ殘らず植へましても、其木が大きくなつて山が崩れないやうになるには、百年を待たなければならぬ。斯樣に鑛業人が先づ其責任を盡ュさない。其故に去七月中のこと、是は御話が枝に渉りますけれ共、群馬栃木兩縣の縣會議員で氣の付くものが寄合して、渡良瀬川は前途非常な災害があるから、堤防[#「堤防」は底本では「堤坊」]を新築するか増築するか或は延長するか如何にか工夫を取らなければ、如何なる災害に遇ふやも知れぬと云ふて評議して居りますと、超へて九月八日の大水、是が非常の
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