田中代議士の質問演説
[#地から8字上げ](明治三十年二月廿六日、衆議院に於て)
私は公益に有害なる鑛業を停止せざる儀に付質問理由を述べんとするのであります。本日は重要なる問題も澤山ございまして、諸君におきましても質問の長演説は隨分御迷惑でございませうが、此質問は地方に於きまして差掛つて居る問題で、此地方官の中の郡吏抔と云ふ者が人民を虐めたり欺いたり惡い事をして居る最中でございまするから、一日も早く之を公に致しまして此苦痛を救ふてやらなければならないし、其れから質問の要點を政府へ知らして其答辯を請求するのでございます。どうか少々の間御聽取を願ひます。
此質問は、栃木縣下足尾銅山と云ふ所の鑛毒の害が甚しいので先年來度々請願書を農商務大臣に出して居り、殊に昨年群馬の縣會では此鑛業を停止すべしと云ふ決議を内務大臣に建議致しました位。又た渡良瀬沿岸の人民は、新しき村でも又た新しき町でも、戸長の調印を致しました者が今日五十の數に上つて居り、尚ほ續々願書を提出中でございまする。其の鑛毒の區域は群馬栃木埼玉茨城の四縣に渉り、郡の數が十二に渉つて居りまするが其の色々の調査物は八郡だけが稍々出來て居ります。一體此の人民は、調査の方には極めて不便な位地に居る。二十里三十里に渉る間の調査でありますから、郡役所に就き又は縣廳に就て取調べる其間の仕事が大變です。錢の無い人民が之を取調べるのは困難で、漸く八郡に渉る所の調査が稍々出來ましたから、是から此調を御披露に及びます。
此質問は、「公益に害のある鑛業であるから、此鑛業を停止しなければならぬ。」と云ふに過ぎないのでございます。銅山の事業は一個人の者であれ又た國家の者であれ、害が非常に多ければ害の多い事を理由として之を處置しなければなりませぬ。名義は一個人でも國家でも、事業より害の方が多ければ據なく停止しなければならぬ。――此質問を本員が始めたのは明治廿四年が最初で、其より四度の質問に及び、度々の忠告を政府に與へてあるのでございます。今囘が五度目の質問で、農商務大臣は時々是に答辯を與へましたけれども、其答辯は悉く嘘を吐いてあるので、彼の答辯には責任を持たぬと云ふ事を申しますが、責任を持たぬどころで無い、詐りの答辯を致して居る、而して此の鑛毒の害と云ふものを非常に大きくして了つた。此の鑛毒の事に就ては、議會は政府を信ぜず、人民は政府を怨むと云ふ事になつて居る。是では國家と云ふものゝ値打が亡くなつて來る、外國人を日本の法律に從はせることが出來なくなつて來る。從はせる事が出來なくなつて來るのでは無い、法律の保護を與へないのでございますから、人民は法律を遵奉するの義務が無いので――法律を遵奉するの義務が無ければ、是より如何なる事を仕出かすかも知れない。斯樣な場合で、一日も早く諸君に御訴へ申して置かなければならぬ。
質問の順序を申ますれば、二十四年からの道行は十八個條――鑛毒は政治の關係でござりまするが、鑛毒其物の事を細かに御話申さなければならない。其説明は分れて數十條、先づ束ねて申しまする。勸業の偏頗愛憎であると云ふ事。鑛毒の害の及ぶ有樣はどの位であるかと云ふ事。鑛毒と山林の關係、深山の老樹を濫伐して其より生ずる危險な有樣。鑛毒と洪水の關係、山より押出したる所の土砂等の爲に舟楫の便を缺く事。鑛毒より生ずる税を免租にしなければならぬと云ふ事。鑛毒被害の費目。鑛毒が人の生命を害する事。鑛毒が家の内に流れ其他井戸を汚すと云ふやうな事。鑛毒が良民の權利を奪ふと云ふ事。鑛業人の跋扈と云ふ事。鑛業人の跋扈は總ての社會を亂して他の工業の發達をも妨げると云ふ事。此慘憺たる有樣でありながら、此被害人民が長き年月の間聲を立てることが出來なかつたと云ふ事。其から此鑛業は政治までも紊亂せしめたと云ふ事、所謂政治の本は當局者たる農商務省である、農商務省と云ふ所が鑛毒の爲に殆ど紊亂して居ると云ふ事。――是が先づ御話を申上げる要點でございます。
先づ勸業偏頗の事から申します。茲に事業を起す者があつて之を政府に請願する。許可をするには宜しく其地理を調べる、或は人智の程度を見る、是は當り前の事。若し東京の眞中に彈藥製造所を建てると云ふに、爆發を防ぐの準備も無く、又何かの機械を据付けるに烟筒の準備も無く、之を許したと言つたら如何でございませう。關東の地理を調べず、足尾の地理も取調べず、彼所に採掘を許したと云ふ事は譯の分らない事である。足尾銅山の地理も調べずに採掘を許したのが惡いばかりで無い、其上に機械を据付ける、其機械が如何なる働をするか、其採掘がどの位盛大になるものか、此割合を取調べもせず監督もせず、無暗に之を許して關東の地を荒らす。――元來關東は水平な所、地が平かで、毒が流れて來れば恰も板の間に水を流す如くに廣がる。斯樣なこと
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