當局農商務大臣に御掛合にならないでございませうか。
此外鑛毒の害が權利に及ぶと云ふ事を申上げなければならない。是は細かに申す迄も無い、財産が俄に亡くなり、公權が無くなつてしまうのである。其外教育費を出しながら子供を小學校に遣ることが出來ないと云ふ事情――學校どころでは無い、兄弟父子離散、實に如何なる言葉で申したならば此の慘憺の有樣を訴へることが出來ませうか。實に結婚まで害されて居る。結婚まで害されて居ると云ふのは、斯の如き鑛毒地方から迎へる者はあるとしても、往く者は無いと云ふ侮辱を受け、名譽まで害されて居るのでございます。
斯の如く權利に害があるので、司法大臣は少しくらゐ氣が付きそうに思はれるが、付かない。一方は斯の如くヒドい目に逢はして置いて、一方鑛業人の跋扈を其儘にして置くは何事か。此の鑛業人は古河市兵衞と申す者でございます。まさか本人の心ばかりでもございますまいが、斯う云ふ山師の仕事には得て山師が左右に付くもので、主人の知らない惡事を澤山するものでございますから、鑛業人一人を攻める譯ではないが止むを得ない、責任者であるから名を言ふので。其の手代共が惡い事をする、其の跋扈と云ふものは實にひどい。前にも申した通り、山林を伐つて後を植ゑろと云ふに其を植ゑず、三萬五千町以上の地面を荒し、人の權利までも奪ひ、十萬の人を毒させ、而して己が榮耀を貪るのみならず、地方の人民が請願しようとすれば直ぐ地方の縣官抔を擒にし、郡吏の如きは殆ど古河の奴隸である。斯樣なる亂暴を働き國を害し人を賊ふて、其中で獨り金儲をして居る。之を本人が言ふならば兎に角、他の局外の人或は官吏などと云ふ者が、あれは國の財源であると唱へる。斯樣に山の木を盜伐同樣に伐り、數萬人を害し、三萬人以上の田地を荒して置きながら、利益があるから國の財源である――何も知らぬ者が言ふなら暫く措く、苟も物を知つて居る者而かも當局の役人共が斯の如き事を申すと云ふに至ては、實に憎みても餘りある次第。全體斯の如きことで儲ける金は利益と言ふものでは無い。眞の利益と云ふものは、正しい道を以て得る所之を利益と言ふ、己を制し世を益するものを言ふので、盜賊同樣なることをして得る所の金を利益と名付ける[#「名付ける」は底本では「名ける」]事が出來まするか。是は抑も何と名を付けるものであるか、掠奪と言ふか、贓物と言ふか、私は名の付け方に苦む、諸君は斯樣な者を何と呼ぶか、御訴へ申す、私には適當の名が見付かりませぬ。
斯の如く鑛業人一人を法律の外に置て我儘跋扈をさせると云ふことは、治外法權を内地に拵へて其の執行權を與へて置くと同じでございます。外務大臣司法大臣と云ふものは自分で警戒を加へなければなりますまい、内地雜居が行はれます時、何を以て外人に我國の法律を遵奉させることが出來ますか。此外此の銅山の鑛業人が他の一般鑛業人の發達を妨げると云ふことを明言しなければならぬ。斯樣な奴があつては他の鑛業者が迷惑をする。何故かと言へば世問で言ふ、一體鑛業と云ふものは良くないもので、鑛毒は植物衞生に害があるのみならず人心を腐らせる、又た國益などゝは以ての外で、彼處は惡人の製造場だ、斯樣なものが栃木群馬に居るから、銅山を此外に起されては堪らない。――左程害のひどく無い所までも足尾銅山の爲に他の鑛業者の名譽を害し鑛業を妨げると云ふことが出來るのみならず、今既に其處に到つて居る。同じ銅山でも伊豫の別子銅山の如き、海を距つこと僅に八里。栃木縣の地理を調べないではいけぬのは其處です。足尾銅山は地圖で見ても日本の眞中である。眞中だから是が平坦の關東へ流れ出す。關東で一番有名で稠密な桐生足利といふ織物産地に此毒が流れて來る、どちらへ出ても五十里百里と云ふ道を經なければ海に落ちない。剩へ平坦の處へ出て良田を潰す。海の端に在る銅山と山間の溪流を經て海へ落ちるものと一緒になるもので無いから、初め此に採掘事業を起す時に能く調査しなければならぬ。一體此處に採掘事業を起させて製鑛所に非常な械械を据付けて亂暴することを許したのが、土臺間違つて居る。
斯の如く迚も言葉を以て盡されませぬが、それだけの害があるに、何故今日まで被害地方の人民は騷ぎ出さないか、何故に聲を上げて騷がないか、騷ぎが餘りに遲いではないか、又今日となつても聲が低いではないかと云ふ疑がなければならないのでございます。其に就きましては何處迄も被害地人民の有樣を申上げて大に之を辯解して置かなければならない。當路の人にも能く之を聽かして置かなければならない。被害地の巡廻に參つても、古河の番頭たる郡長の案内で、害の少ない上ツつらを見て歸つて來ると云ふ樣なやり方では迷惑するから、能く實驗の仕方も教へて置かうと思ひます。
渡良瀬川の下流にある被害地今日の境遇では、聲を出す能はざるに至つて居
前へ
次へ
全11ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 正造 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング