反古しらべ
樋口一葉
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字1、1−13−21]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)くさ/″\の
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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※[#ローマ数字1、1−13−21]
虫干すとてかびくさき反古どもあまた取出しける中に、故兄が殘したるくさ/″\の筆記あり、ことこまかにしるしとゝ[#「ゝ」に「(ゞ)」の注記]めたるさま、これはそれの夏、腦の病ひおこらんとせし前の月こゝろをとゝ[#「ゝ」に「(ゞ)」の注記]めて物しつるなり、今かたつかたハ霜こほる冬のよ、毎よさかならず父母が寐間をうかゝ[#「ゝ」に「(ゞ)」の注記]ひて裾に物をおき、襖のたてつけをあらためし頃ほひ、今宵ハいと寒きに早く寐よかし風もぞ引くと母の仰せつるに、承りぬとて
※[#ローマ数字2、1−13−22]
反古しらべ
この頃の日かげに少しかびくさき物ほしてんとて取出しみれバさま/″\の反古どもこそ出來れ、かのえ午一月吉書などかきて分なき筆づかひ耻かしうもなつかしうも覺ゆるもあり、十とせの昔しなるべし 歌よむ[#「む」に「(み)」の注記]はじめし頃の詠草くりひらげミれば、かみの末に歌の數こまかにしたゝめて幾年幾月より幾月までの間など書たる、手ハなき父の物せられしなり、何ゆゑとも知らずなつかしうかなしう、詠草を抱きて父樣父樣となきぬ、有つる世にハしかられん事の恐ろしうて、歌ミせまつる事もせざりしを、今はた腰折のえせ歌よみ出るにも少し聞よくなどいはれつるをばやがて物に書て佛の前に供へぬ、道はるかなりとも親ハミ給ふべしや。
父なくならんとする一月斗の前成し、何がし伯爵の君が催しにてあらかじめ題をもうけて歌あつむる事ありし、我が※[#「くさかんむり/(火+禾)」、802−9]の舍の社中もこぞりてよみ出にけり、園々の歌よむ人々よろしき歌おほく出來ぬと聞えぬ、判者ハ朝野の名士五人と定めおきての事成けれバいかで撰にいらは[#「は」に「(ば)」の注記]やとて人々心々のいどみなど風流の俗とやさる人々あざけらんなれどおもしろき物あらそひ成き、我ハ父が病ひの床に侍して藥をあたゝめ肩をなづる頃成しかば、唯一わたりによみ捨てゝ深く心を用ゐもえやらず、しばしありけるほどに父か[#「か」に「(が)」の注記]病ひあつく成りて、つぎて空しく成けるほどにいつしか歌の撰ハ忘にたり、取置ども濟して今日で三七日といふ日、たよりにつけて師のもとより紙つ[#「つ」に「(づ)」の注記]ゝみ一つおくられぬ、紙の面をみれハ[#「ハ」に「(ば)」の注記]何がし大人撰む甲とあり、有松絞りの地ハ薄かりしが[#「が」に「(か)」の注記]どもおさな心にハいか斗うれしかりけん、母も見給へ、妹もなどよろこぶに、父が詩文の友成ける何がしの伯父來あひて、あはれ今一月はやからばいかに病みたる人喜バん、惜しくもよるの錦よといはれて、実にこれのみにもあらざりけり、これより後もし幸ありて、いさゝか面だゝしき事ありぬべき折、たれにかは喜バるべき、かなしやと思へば再び筆とる事ものうく成りぬ
底本:「樋口一葉全集 第三卷(下)」筑摩書房
1978(昭和53)年11月10日初版第1刷
1988(昭和63)年4月30日初版第4刷
※底本の変体仮名を、同じ読みの片仮名「ハ」「バ」「ミ」で入力しました。
入力:三州生桑
校正:土屋隆
2005年5月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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