か、子供の時には本の少しものぞいた奴、何故《なぜ》これが分りをらぬ、さあ行け、歸れ、何處へでも歸れ、此家に恥は見するなとて父は奧深く這入りて、金は石之助が懷中《ふところ》に入りぬ。

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 お母樣御機嫌よう好い新年をお迎ひなされませ、左樣ならば參りますと、暇乞わざとうやうやしく、お峰下駄を直せ、お玄關からお歸りでは無いお出かけだぞと圖分《づぶ》/\しく大手を振りて、行先は何處、父が涕《なみだ》は一夜の騷ぎに夢とやならん、持つまじきは放蕩《のら》息子、持つまじきは放蕩を仕立る繼母ぞかし。鹽花こそふらね跡は一まづ掃き出して、若旦那退散のよろこび、金は惜しけれど見る目も憎ければ家に居らぬは上々なり、何うすれば彼のやうに圖太くなられるか、あの子を生んだ母さんの顏が見たい、と御新造例に依つて毒舌をみがきぬ。お峰は此出來事も何として耳に入るべき、犯したる罪の恐ろしさに、我れか、人か、先刻《さつき》の仕業はと今更夢路を辿りて、おもへば此事あらはれずして濟むべきや、萬が中なる一枚とても數ふれば目の前なるを、願ひの高に相應の員數手近の處になく成しとあらば
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