《(よろづよ)》いわふ新玉《(あらたま)》の、歳たちかへつて七日の日|来《(きた)》りき、伯母君は隣村の親族がり年始の礼にと趣き給ひしが、朝より曇り勝の空いや暗らく成るまゝに、吹く風絶へたれど寒さ骨にしみて、引入るばかり物心ぼそく不図《(ふと)》ながむる空に白き物ちら/\、扨《(さて)》こそ雪に成りぬるなれ、伯母様さぞや寒からんと炬燵《(こたつ)》のもとに思ひやれば、いとど降る雪|用捨《(ようしや)》なく綿をなげて、時の間に隠くれけり庭も籬《(まがき)》も、我が肘《(ひぢ)》かけ窓ほそく開らけば一目に見ゆる裏の耕地の、田もかくれぬ畑もかくれぬ、日毎に眺むる彼の森も空と同一《ひとつ》の色に成りぬ、あゝ師の君はと是れや抑々《(そもそも)》まよひなりけり。
禍《(わざは)》ひの神といふ者もしあらば、正《(まさ)》しく我身さそはれしなり、此時の心何を思ひけん、善《(よし)》とも知らず悪《(あ)》しとも知らず、唯懐かしの念に迫まられて身は前後無差別に、免《(の)》がれ出《(いで)》しなり薄井の家を。
是れや名残と思はねば馴れし軒ばを見も返へらず、心いそぎて庭口を出《(いで)》しに、嬢様この雪ふりに何処《(いづこ)》へとて、お傘をも持たずにかと驚ろかせしは、作男の平助とて老実《まめやか》に愚かなる男なりし、伯母様のお迎ひにと偽れば、否や今宵はお泊りなるべし、是非お迎ひにとならば老僕《おやぢ》が参らん、先《(まづ)》待給へと止めらるゝ憎くさ、真実《まこと》は此雪に宜《よ》くこそと賞められたく、是非に我が身行きたければ、其方は知らぬ顔にて居よかしと言ふに、取《(とり)》しめなく高笑ひして、お子達は扨らちも無きもの、さらば傘を持給へとて、其身の持ちしを我れに渡しつ、転ろばぬ様に行き給へと言ひけり、由縁《(ゆかり)》あれば武蔵野の原こひしきならひ、此一[#(ト)]言さへ思《(おも)》ひ出《(いで)》らるゝを、無情《つれなか》かりしも我が為、厳しかりしも我が為、末《すゑ》宜《よ》かれとて尽くし給ひしを、思ふも勿躰なきは伯母君のことなり。
斯《(か)》くまでに師は恋しかりしかど、夢さら此人を良人《つま》と呼びて、共に他郷の地を踏まんとは、かけても思ひ寄らざりしを、行方《(ゆくかた)》なしや迷ひ、窓の呉竹《(くれたけ)》ふる雪に心|下折《したを》れて我れも人も、罪は誠の罪に成りぬ、我が
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