ければ其御話しの御相手は出來ませぬけれど、出來ずは人知れず習はせて下さつても濟むべき筈、何も表向き實家の惡《わ》るいを風聽なされて、召使ひの婢女《をんな》どもに顏の見られるやうな事なさらずとも宜かりさうなもの、嫁入つて丁度半年ばかりの間は關や關やと下へも置かぬやうにして下さつたけれど、あの子が出來てからと言ふ物は丸で御人が變りまして、思ひ出しても恐ろしう御座ります、私はくら闇の谷へ突落されたやうに暖かい日の影といふを見た事が御座りませぬ、はじめの中は何か串談に態とらしく邪慳に遊ばすのと思ふて居りましたけれど、全くは私に御飽きなされたので此樣《かう》もしたら出てゆくか、彼樣《あゝ》もしたら離縁をと言ひ出すかと苦《いぢ》めて苦めて苦め拔くので御座りましよ、御父樣も御母樣も私の性分は御存じ、よしや良人が藝者狂ひなさらうとも、圍い者して御置きなさらうとも其樣な事に悋氣《りんき》する私でもなく、侍婢《をんな》どもから其樣な噂も聞えまするけれど彼れほど働きのある御方なり、男の身のそれ位はありうちと他處行《よそゆき》には衣類《めしもの》にも氣をつけて氣に逆らはぬやう心がけて居りまするに、唯もう私の爲
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