せぬ、五日六日と家を明けるは平常《つね》の事、左のみ珍らしいとは思ひませぬけれど出際に召物の揃へかたが惡いとて如何ほど詫びても聞入れがなく、其品《それ》をば脱いで擲《たゝ》きつけて、御自身洋服にめしかへて、吁《あゝ》、私《わし》位不仕合の人間はあるまい、御前のやうな妻を持つたのはと言ひ捨てに出て御出で遊ばしました、何といふ事で御座りませう一年三百六十五日物いふ事も無く、稀々言はれるは此樣な情ない詞をかけられて、夫れでも原田の妻と言はれたいか、太郎の母で候と顏おし拭つて居る心か、我身ながら我身の辛棒がわかりませぬ、もう/\もう私は良人《つま》も子も御座んせぬ嫁入せぬ昔しと思へば夫れまで、あの頑是ない太郎の寢顏を眺めながら置いて來るほどの心になりましたからは、最う何うでも勇の傍に居る事は出來ませぬ、親はなくとも子は育つと言ひまするし、私の樣な不運の母の手で育つより繼母御なり御手かけなり氣に適ふた人に育てゝ貰ふたら、少しは父御も可愛がつて後々あの子の爲にも成ませう、私はもう今宵かぎり何うしても歸る事は致しませぬとて、斷つても斷てぬ子の可憐《かわゆ》さに、奇麗に言へども詞はふるへぬ。
父は歎
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