父樣《おとつさん》、御母樣《おつかさん》、私は不運で御座りますとて口惜しさ悲しさ打出し、思ひも寄らぬ事を談《かた》れば兩親は顏を見合せて、さては其樣の憂き中かと呆れて暫時いふ言《こと》もなし。
母樣《はゝおや》は子に甘きならひ、聞く毎々《こと/″\》に身にしみて口惜しく、父樣《とゝさん》は何と思し召すか知らぬが元來《もと/\》此方《こち》から貰ふて下されと願ふて遣つた子ではなし、身分が惡いの學校が何うしたのと宜くも宜くも勝手な事が言はれた物、先方《さき》は忘れたかも知らぬが此方はたしかに日まで覺えて居る、阿關《おせき》が十七の御正月、まだ門松を取もせぬ七日の朝の事であつた、舊《もと》の猿樂町《さるがくちやう》の彼の家の前で、御隣の小娘《ちひさいの》と追羽根して、彼の娘《こ》の突いた白い羽根が通り掛つた原田さんの車の中へ落たとつて、夫れを阿關が貰ひに行きしに其時はじめて見たとか言つて人橋かけてやい/\と貰ひたがる、御身分がらにも釣合ひませぬし、此方はまだ根つからの子供で何も稽古事も仕込んでは置ませず、支度とても唯今の有樣で御座いますからとて幾度斷つたか知れはせぬけれど、何も舅姑のやかま
前へ
次へ
全29ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング