は幾とせか取る年は十九、姿は風にもたへぬ柳の糸の、細々と弱げなれども、爪箱とりて居ずまゐを改たむる時は、塵のうきよの紛雑《みだれ》も何ぞ、松風かよふ糸の上には、山姫きたりて手やそふらん、夢も現《(うつつ)》も此うちにとほゝ笑みて、雨にも風にも、はたゝめく雷電にも、悠然として余念なし。
頃は神無月はつ霜この頃ぞ降りて、紅葉の上に照る月の、誰が砥《(と)》にかけて磨《(みが)》きいだしけん、老女が化粧《(けはひ)》のたとへは凄し、天下一面くもりなき影の、照らすらん大廈《(たいか)》も高楼も、破屋《わらや》の板間の犬の臥床《(ふしど)》も、さては埋《(う)》もれ水《(みづ)》人に捨てられて、蘆のかれ葉に霜のみ冴ゆる古宅の池も、筧《(かけひ)》のおとなひ心細き山した庵《(いほ)》も、田のもの案山子《(かがし)》も小溝の流れも、須磨も明石も松島も、ひとつ光りのうちに包みて、清きは清きにしたがひ、濁れるは濁れるまに/\、八面玲瓏一点無私のおもかげに添ひて、澄《(すみ)》のぼる琴のね何処までゆくらん、うつくしく面白く、清く尊く、さながら天上の楽にも似たりけり。
お静が琴のねは此月此日うき世に人一人生みぬ、春秋十四年雨つゆに打たれて、ねぢけゆく心は巌のやうにかたく、射る矢も此処《(ここ)》にたちがたき身の、果《(はて)》は臭骸《(しうがい)》を野山にさらして、父が末路の哀れやまなぶらん、さらずば悪名を路傍につたへて、腰に鎖のあさましき世や送るらん、さても心の奥にひそまりし優しさは、三更月下の琴声に和して、こぼれ初《(そ)》めぬる涙、露の玉か、玉ならば趙氏が城のいくつにも替へがたし、恋か情か、其人の姿をも知らざりき、わづかに洩れ出る柴がきごしの声に、うれしといふ事も覚えぬ、恥かしさも知りぬ、かねては悪魔と恨らみたる母の懐かしさゝへ身にしみて、金吾は今さら此世のすて難きを知りぬ、月はいよ/\冴ゆる夜の垣の菊の香たもとに満ちて、吹《ふ》くや夜あらし心の雲を払らへば、又かきたつる琴のねの、あはれ百年の友とや成るらん、百年の悶へをや残すらん、金吾はこれより百花爛※[#「火+曼」、第4水準2−80−1]の世にいでぬ
底本:「新日本古典文学大系 明治編 24 樋口一葉集」岩波書店
2001(平成13)年10月15日第1刷発行
初出:「文学界 第十二号」
1893(明治26)
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