こ》の心《こゝろ》知《し》れざりけん少《ちい》さき胸《むね》に今日《けふ》までの物思《ものおも》ひはそも幾何《いくばく》ぞ昨日《きのふ》の夕暮《ゆふぐれ》お福《ふく》が涙《なみだ》ながら語《かた》るを聞《き》けば熱《ねつ》つよき時《とき》はたえず我名《わがな》を呼《よ》びたりとか病《やまい》の元《もと》はお前様《まへさま》と云《い》はるゝも道理《どうり》なり知《し》らざりし我《われ》恨《うら》めしくもらさぬ君《きみ》も恨《うら》めしく今朝《けさ》見舞《みま》ひしとき痩《や》せてゆるびし指輪《ゆびわ》ぬき取《と》りてこれ形見《かたみ》とも見給《みたま》はゞ嬉《うれ》しとて心細《こゝろぼそ》げに打《う》ち笑《ゑ》みたる其心《そのこゝろ》今少《いますこ》し早《はや》く知《し》らば斯《か》くまでには衰《おとろ》へさせじをと我罪《わがつみ》恐《おそ》ろしく打《うち》まもれば。良《りやう》さん今朝《けさ》の指輪《ゆびわ》はめて下《くだ》さいましたかと云《い》ふ声《こゑ》の細《ほそ》さよ答《こた》へは胸《むね》にせまりて口《くち》にのぼらず無言《むごん》にさし出《だ》す左《ひだり》の手《て》を引《ひ》き寄《よ》せてじつとばかり眺《なが》めしが。妾《わら(は)》と思《おも》つて下《くだ》さいと云《い》ひもあへずほろ/\とこぼす涙《なみだ》其《その》まゝ枕《まくら》に俯伏《うつぶ》しぬ。千代《ちい》ちやんひどく不快《わるく》でもなつたのかい福《ふく》や薬《くすり》を飲《の》まして呉《く》れないか何《ど》うした大変《たいへん》顔色《かほいろ》がわろくなつて来《き》たおばさん鳥渡《ちよつと》と良之助《りやうのすけ》が声《こゑ》に驚《おど》かされて次《つぎ》の間《ま》に祈念《きねん》をこらせし母《はゝ》も水初穂取《みづはつほと》りに流《なが》し元《もと》へ立《た》ちしお福《ふく》も狼狽敷《あはたゞしく》枕元《まくらもと》にあつまればお千代《ちよ》閉《と》ぢたる目《め》を開《ひ》らき。良《りやう》さんは。良《りやう》さんはお前《まへ》の枕元《まくらもと》にそら右《みぎ》の方《はう》においでなさるよ。阿母《おつか》さん良《りやう》さんにお帰《か》へりを願《ねが》つて下《くだ》さい。何故《なぜ》ですか僕《ぼく》が居《ゐ》ては不都合《ふつがふ》ですかヱ居《ゐ》てもわるひことはあるまい。福《ふく》や
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