お仕舞なと言へば、困つたねとお京は立止まつて、夫れでも吉ちやん私は洗ひ張に倦きが來て、最うお妾でも何でも宜い、何うで此樣な詰らないづくめだから、寧その腐れ縮緬着物で世を過ぐさうと思ふのさ。
思ひ切つた事を我れ知らず言つてほゝと笑ひしが、兎も角も家へ行かうよ、吉ちやん少しお急ぎと言はれて、何だか己れは根つから面白いとも思はれない、お前まあ先へお出よと後に附いて、地上に長き影法師を心細げに踏んで行く、いつしか傘屋の路次を入つてお京が例の窓下に立てば、此處をば毎夜音づれて呉れたのなれど、明日の晩は最うお前の聲も聞かれない、世の中つて厭やな物だねと歎息するに、夫れはお前の心がらだとて不滿らしう吉三の言ひぬ。
お京は家に入るより洋燈《らんぷ》に火を點《うつ》して、火鉢を掻きおこし、吉ちやんやお焙《あた》りよと聲をかけるに己れは厭やだと言つて柱際に立つて居るを、夫れでもお前寒からうでは無いか風を引くといけないと氣を附ければ、引いても宜いやね、構はずに置いてお呉れと下を向いて居るに、お前は何うかおしか、何だか可笑しな樣子だね私の言ふ事が何か疳にでも障つたの、夫れなら其やうに言つて呉れたが宜い、默つて其樣な顏をして居られると氣に成つて仕方が無いと言へば、氣になんぞ懸けなくても能いよ、己れも傘屋の吉三だ女のお世話には成らないと言つて、寄かゝりし柱に脊を擦りながら、あゝ詰らない面白くない、己れは本當《ほんと》に何と言ふのだらう、いろ/\の人が鳥渡好い顏を見せて直樣つまらない事に成つて仕舞ふのだ、傘屋の先《せん》のお老婆《ばあ》さんも能い人で有つたし、紺屋《こうや》のお絹さんといふ縮れつ毛の人も可愛がつて呉れたのだけれど、お老婆さんは中風で死ぬし、お絹さんはお嫁に行くを厭やがつて裏の井戸へ飛込んで仕舞つた、お前は不人情で己れを捨てゝ行し、最う何も彼もつまらない、何だ傘屋の油ひきなんぞ、百人前の仕事をしたからとつて褒美の一つも出やうでは無し朝から晩まで一寸法師の言れつゞけで、夫れだからと言つて一生立つても此背が延びやうかい、待てば甘露といふけれど己れなんぞは一日一日厭やな事ばかり降つて來やがる、一昨日半次の奴と大喧嘩をやつて、お京さんばかりは人の妾に出るやうな腸の腐つたのでは無いと威張つたに、五日とたゝずに兜《かぶと》をぬがなければ成らないのであらう、そんな嘘つ吐きの、ごまかしの、欲の深いお前さんを姉さん同樣に思つて居たが口惜しい、最うお京さんお前には逢はないよ、何うしてもお前には逢はないよ、長々御世話さま此處からお禮を申ます、人をつけ、最う誰れの事も當てにする物か、左樣なら、と言つて立あがり沓ぬきの草履下駄足に引かくるを、あれ吉ちやん夫れはお前勘違ひだ、何も私が此處を離れるとてお前を見捨てる事はしない、私は本當に兄弟とばかり思ふのだもの其樣な愛想づかしは酷からう、と後から羽がひじめに抱き止めて、氣の早い子だねとお京の諭《さと》せば、そんならお妾に行くを廢めにしなさるかと振かへられて、誰れも願ふて行く處では無いけれど、私は何うしても斯うと決心して居るのだから夫れは折角だけれど聞かれないよと言ふに、吉は涕の目に見つめて、お京さん後生だから此肩《こゝ》の手を放してお呉んなさい。
[#地から2字上げ](明治二十九年一月「國民之友」)
底本:「日本現代文學全集 10 樋口一葉集」講談社
1962(昭和37)年11月19日第1刷発行
1969(昭和44)年10月1日第5刷発行
入力:青空文庫
校正:米田進、小林繁雄
1997年10月15日公開
2004年3月19日修正
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