され、私は此樣ながら/\した氣なれば吉ちやんの樣な暴れ樣《さん》が大好き、疳癪がおこつた時には表の米屋が白犬を擲《は》ると思ふて私の家の洗ひかへしを光澤出《つやだ》しの小槌に、碪《きぬた》うちでも遣りに來て下され、夫れならばお前さんも人に憎くまれず私の方でも大助かり、本に兩爲《りやうだめ》で御座んすほどにと戲言まじり何時となく心安く、お京さんお京さんとて入浸るを職人ども翻弄《からかひ》ては帶屋の大將のあちらこちら、桂川《かつらがは》の幕が出る時はお半の脊中《せな》に長右衞門と唱はせて彼の帶の上へちよこなんと乘つて出るか、此奴は好いお茶番だと笑はれるに、男なら眞似て見ろ、仕事やの家へ行つて茶棚の奧の菓子鉢の中に、今日は何が何箇《いくつ》あるまで知つて居るのは恐らく己れの外には有るまい、質屋の兀頭めお京さんに首つたけで、仕事を頼むの何が何うしたのと小五月蠅《こうるさく》這入込んでは前だれの半襟の帶つかはのと附屆をして御機嫌を取つては居るけれど、遂ひしか喜んだ挨拶をした事が無い、ましてや夜るでも夜中でも傘屋の吉が來たとさへ言へば寢間着のまゝで格子戸を明けて、今日は一日遊びに來なかつたね、何うかお爲《し》か、案じて居たにと手を取つて引入れられる者が他に有らうか、お氣の毒樣なこつたが獨活《うど》の大木は役にたゝない、山椒は小粒で珍重されると高い事をいふに、此野郎めと脊を酷く打たれて、有がたう御座いますと濟まして行く顏つき背さへあれば人串戲とて恕すまじけれど、一寸法師《いつすんぼし》の生意氣と爪はぢきして好い嬲《なぶ》りものに烟草休みの話しの種成き。

       下

 十二月三十日の夜、吉は坂上の得意場へ誂への日限の後《おく》れしを詫びに行きて、歸りは懷手の急ぎ足、草履下駄の先にかゝる物は面白づくに蹴かへして、ころ/\と轉げると右に左に追ひかけては大溝《おほどぶ》の中へ蹴落して一人から/\と高笑ひ、聞く者なくて天上のお月さまさも皓々《かう/\》と照し給ふを寒《さぶ》いと言ふ事知らぬ身なれば只こゝちよく爽《さわやか》にて、歸りは例の窓を敲いてと目算ながら横町を曲れば、いきなり後より追ひすがる人の、兩手に目を隱くして忍び笑ひをするに、誰れだ誰れだと指を撫でゝ、何だお京さんか、小指のまむしが物を言ふ、恐赫《おどか》しても駄目だよと顏を振のけるに、憎くらしい當てられて仕舞つたと笑
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