りたれば人中に立まじるも嫌やとて居職に飾の金物をこしらへましたれど、氣位たかくて人愛のなければ贔負にしてくれる人もなく、あゝ私が覺えて七つの年の冬でござんした、寒中親子三人ながら古裕衣《ふるゆかた》で、父は寒いも知らぬか柱に寄つて細工物に工夫をこらすに、母は欠けた一つ竈《べツつひ》に破《わ》れ鍋かけて私に去る物を買ひに行けといふ、味噌こし下げて端たのお錢《あし》を手に握つて米屋の門までは嬉しく驅けつけたれど、歸りには寒さの身にしみて手も足も龜《かじ》かみたれば五六軒隔てし溝板の上の氷にすべり、足溜りなく轉《こ》ける機會《はずみ》に手の物を取落して、一枚はづれし溝板のひまよりざら/\と飜《こぼ》れ入れば、下は行水きたなき溝泥なり、幾度も覗いては見たれど是れをば何として拾はれませう、其時私は七つであつたれど家の内の樣子、父母の心をも知れてあるにお米は途中で落しましたと空の味噌こしさげて家には歸られず、立てしばらく泣いて居たれど何うしたと問ふて呉れる人もなく、聞いたからとて買てやらうと言ふ人は猶更なし、あの時近處に川なり池なりあらうなら私は定し身を投げて仕舞ひましたろ、話しは誠の百分一、私は
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