つて沸いた事もなければ、人との紛雜《いざ》などはよし有つたにしろ夫れは常の事、氣にもかゝらねば何しに物を思ひませう、私の時より氣まぐれを起すは人のするのでは無くて皆心がらの淺ましい譯がござんす、私は此樣な賤しい身の上、貴君は立派なお方樣、思ふ事は反對《うらはら》にお聞きになつても汲んで下さるか下さらぬか其處ほどは知らねど、よし笑ひ物になつても私は貴君に笑ふて頂き度、今夜は殘らず言ひまする、まあ何から申さう胸がもめて口が利かれぬとて又もや大湯呑に呑む事さかんなり。
何より先に私が身の自墮落《じだらく》を承知して居て下され、もとより箱入りの生娘ならねば少しは察しても居て下さろうが、口奇麗な事はいひますとも此あたりの人に泥の中の蓮とやら、惡業《わるさ》に染まらぬ女子があらば、繁昌どころか見に來る人もあるまじ、貴君は別物、私が處へ來る人とて大底はそれと思しめせ、これでも折ふしは世間さま並の事を思ふて恥かしい事つらい事情ない事とも思はれるも寧《いつそ》九尺二間でも極まつた良人といふに添うて身を固めようと考へる事もござんすけれど、夫れが私は出來ませぬ、夫れかと言つて來るほどのお人に無愛想もなりが
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