《そろばん》も入らぬ物にして、中よき友と埓も無く遊びぬ。
八
走れ飛ばせの夕べに引かへて、明けの別れに夢をのせ行く車の淋しさよ、帽子まぶかに人目を厭ふ方樣もあり、手拭とつて頬かふり、彼女《あれ》が別れに名殘の一|撃《うち》、いたさ身にしみて思ひ出すほど嬉しく、うす氣味わるやにたにたの笑ひ顏、坂本へ出ては用心し給へ千住がへりの青物車にお足元あぶなし、三嶋樣の角までは氣違ひ街道、御顏のしまり何れも緩《ゆ》るみて、はゞかりながら御鼻の下ながながと見えさせ給へば、そんじよ其處らに夫れ大した御男子樣《ごなんしさま》とて、分厘の價値《ねうち》も無しと、辻に立ちて御慮外を申もありけり。楊家《やうか》の娘君寵をうけてと長恨歌《ちやうごんか》を引出すまでもなく、娘の子は何處にも貴重がらるゝ頃なれど、此あたりの裏屋より赫奕姫《かくやひめ》の生るゝ事その例多し、築地の某屋《それや》に今は根を移して御前さま方の御相手、踊りに妙を得し雪といふ美形、唯今のお座敷にてお米のなります木はと至極あどけなき事は申とも、もとは此所の卷帶黨《まきおびづれ》にて花がるたの内職せしものなり、評判は其頃に高く去
前へ
次へ
全64ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
樋口 一葉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング