の教育《したて》も、悉皆あやまりのやうに思はるれど言ふて聞かれぬ物ぞと諦めればうら悲しき樣に情なく、友朋輩は變屈者の意地わると目ざせども自ら沈み居る心の底の弱き事、我が蔭口を露ばかりもいふ者ありと聞けば、立出でゝ喧嘩口論の勇氣もなく、部屋にとぢ籠つて人に面の合はされぬ臆病至極の身なりけるを、學校にての出來ぶりといひ身分がらの卑しからぬにつけても然《さ》る弱虫とは知る物なく、龍華寺の藤本は生煮えの餅のやうに眞があつて氣に成る奴と憎くがるものも有りけらし。

       十

 祭りの夜は田町の姉のもとへ使を命令《いひつけ》られて、更るまで我家へ歸らざりければ、筆やの騷ぎは夢にも知らず、明日に成りて丑松文次その外の口よりこれ/\で有つたと傳へらるゝに、今更ながら長吉の亂暴に驚けども濟みたる事なれば咎めだてするも詮なく、我が名を借りられしばかりつく/″\迷惑に思はれて、我が爲したる事ならねど人々への氣の毒を身一つに背負たる樣の思ひありき、長吉も少しは我が遣りそこねを恥かしう思ふかして信如に逢はゞ小言や聞かんと其の三四日は姿も見せず、やゝ餘炎《ほとぼり》のさめたる頃に信さんお前は腹を立つか知らないけれど時の拍子だから堪忍して置いて呉んな、誰れもお前正太が明巣《あきす》とは知るまいでは無いか、何も女郎《めらう》の一疋位相手にして三五郎を擲りたい事も無かつたけれど、萬燈を振込んで見りやあ唯も歸れない、ほんの附景氣に詰らない事をしてのけた、夫りやあ己れが何處までも惡るいさ、お前の命令《いひつけ》を聞かなかつたは惡るからうけれど、今怒られては法《かた》なしだ、お前といふ後だてが有るので己らあ大舟に乘つたやうだに、見すてられちまつては困るだらうじや無いか、嫌やだとつても此組の大將で居てくんねへ、左樣どち[#「どち」はママ]斗《ばかり》は組まないからとて面目なさゝうに謝罪《わび》られて見れば夫れでも私は嫌やだとも言ひがたく、仕方が無い遣る處までやるさ、弱い者いぢめは此方の恥になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方が無い、正太に末社がついたら其時のこと、決して此方から手出しをしてはならないと留めて、さのみは長吉をも叱り飛ばさねど再び喧嘩のなきやうにと祈られぬ。
 罪のない子は横町の三五郎なり、思ふさまに擲かれて蹴られて其二三日は立居も苦しく、夕ぐれ毎に父親が空車を五十軒の茶屋が軒まで
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