ゝ外なれば詮なく、十三になれば片腕と一昨年より並木の活判處《くわつぱんじよ》へも通ひしが、怠惰《なまけ》ものなれば十日の辛棒つゞかず、一ト月と同じ職も無くて霜月より春へかけては突羽根《ツくばね》の内職、夏は檢査場の氷屋が手傳ひして、呼聲をかしく客を引くに上手なれば、人には調法がられぬ、去年《こぞ》は仁和賀《にわか》の臺引きに出しより、友達いやしがりて萬年町の呼名今に殘れども、三五郎といへば滑稽者《おどけもの》と承知して憎くむ者の無きも一徳なりし、田中屋は我が命の綱、親子が蒙むる御恩すくなからず、日歩とかや言ひて利金安からぬ借りなれど、これなくてはの金主樣あだには思ふべしや、三公己れが町へ遊びに來いと呼ばれて嫌やとは言はれぬ義理あり、されども我れは横町に生れて横町に育ちたる身、住む地處は龍華寺のもの、家主は長吉か[#「か」はママ]親なれば、表むき彼方に背く事かなはず、内々に此方の用をたして、にらまるゝ時の役廻りつらし。正太は筆やの店へ腰をかけて、待つ間のつれ/″\に忍ぶ戀路を小聲にうたへば、あれ由斷がならぬと内儀《かみ》さまに笑はれて、何がなしに耳の根あかく、まぢくないの高聲に皆も來いと呼つれて表へ驅け出す出合頭、正太は夕飯なぜ喰べぬ、遊びに耄《ほう》けて先刻にから呼ぶをも知らぬか、誰樣《どなた》も又のちほど遊ばせて下され、これは御世話と筆やの妻にも挨拶して、祖母《ばゝ》が自からの迎ひに正太いやが言はれず、其まゝ連れて歸らるゝあとは俄かに淋しく、人數は左のみ變らねど彼の子が見えねば大人までも寂しい、馬鹿さわぎもせねば串談も三ちやんの樣では無けれど、人好きのするは金持の息子さんに珍らしい愛敬、何と御覽じたか田中屋の後家さまがいやらしさを、あれで年は六十四、白粉をつけぬがめつけ物なれど丸髷の大きさ、猫なで聲して人の死ぬをも構はず、大方|臨終《おしまひ》は金と情死《しんぢう》なさるやら、夫れでも此方《こち》どもの頭《つむり》の上らぬは彼の物の御威光、さりとは欲しや、廓内《なか》の大きい樓《うち》にも大分の貸付があるらしう聞きましたと、大路に立ちて二三人の女房よその財産《たから》を數へぬ。
五
待つ身につらき夜半の置炬燵、それは戀ぞかし、吹風すゞしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそゝけ髮つくろひて、我が子ながら美くしき
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