を與へしはおろかの事、馴染の筆やに店ざらしの手遊を買しめて、喜ばせし事もあり、さりとは日々夜々の散財此歳この身分にて叶ふべきにあらず、末は何となる身ぞ、兩親ありながら大目に見てあらき詞をかけたる事も無く、樓の主が大切がる樣子《さま》も怪しきに、聞けば養女にもあらず親戚にてはもとより無く、姉なる人が身賣りの當時、鑑定《めきゝ》に來たりし樓の主が誘ひにまかせ、此地に活計《たつき》もとむとて親子|三人《みたり》が旅衣、たち出しは此譯、それより奧は何なれや、今は寮のあづかりをして母は遊女の仕立物、父は小格子《こがうし》の書記に成りぬ、此身は遊藝手藝學校にも通はせられて、其ほうは心のまゝ、半日は姉の部屋、半日は町に遊んで見聞くは三味に太皷にあけ紫のなり形、はじめ藤色絞りの半襟を袷にかけて着て歩るきしに、田舍者いなか者と町内の娘どもに笑はれしを口惜しがりて、三日三夜泣きつゞけし事も有しが、今は我れより人々を嘲りて、野暮な姿と打つけの惡まれ口を、言ひ返すものも無く成りぬ。二十日はお祭りなれば心一ぱい面白い事をしてと友達のせがむに、趣向は何なりと各自《めい/\》に工夫して大勢の好い事が好いでは無「か、幾金《いくら》でもいゝ私が出すからとて例の通り勘定なしの引受けに、子供中間の女王《によわう》樣又とあるまじき惠みは大人よりも利きが早く、茶番にしよう、何處のか店を借りて往來から見えるやうにしてと一人が言へば、馬鹿を言へ、夫れよりはお神輿《みこし》をこしらへてお呉れな、蒲田屋《かばたや》の奧に飾つてあるやうな本當のを、重くても搆はしない、やつちよいやつちよい[#「やつちよいやつちよい」に傍点]譯なしだと捩ぢ鉢卷をする男子《おとこ》のそばから、夫れでは私たちが詰らない、皆が騷ぐを見るばかりでは美登利さんだとて面白くはあるまい、何でもお前の好い物におしよと、女の一むれは祭りを拔きに常盤座《ときはざ》をと、言いたげの口振をかし、田中の正太は可愛らしい眼をぐるぐると動かして、幻燈にしないか、幻燈に、己れの處にも少しは有るし、足りないのを美登利さんに買つて貰つて、筆やの店で行《や》らうでは無いか、己れが映し人《て》で横町の三五郎に口上を言はせよう、美登利さん夫れにしないかと言へば、あゝ夫れは面白からう、三ちやんの口上ならば誰れも笑はずには居られまい、序《ついで》にあの顏がうつると猶おもしろいと相談
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