かで玉石をしるべき わかち難きのまなこをもつてみだりに毀譽のことばを出さば時に冠をくつにする事あり このあいだにうまれて此詞に左右さるべき文士畫客のをかしさよ 人の見るをこのまず世の聞を願はず靜に思ひを筆墨の間にかまふるもの又いくたりかあらん これありてはじめて天地しるべく人事うかゞふにたるべし 夜深くして月くらくともし火消えんとする破窓のもとにひとり思ひて猶ゑがきがたし
おろかやわれをすね物といふ明治の清少といひ女西鶴といひ祇園の百合がおもかげをしたふとさけび小万茶屋がむかしをうたふもあめり 何事ぞや身は小官吏の乙娘に生れて手藝つたはらず文學に縁とほくわづかに萩の舍が流れの末をくめりとも日々夜々の引まどの烟こゝろにかゝりていかで古今の清くたかく新古今のあやにめづらしき姿かたちをおもひうかべ得られん ましてやにほの海の底深き式部が學藝おもひやるまゝにさかひはるか也 たゞいさゝか六つなゝつのおさなだちより誰つたゆるとも覺えず心にうつりたるものゝ折々にかたちをあらはしてかくはかなき文字沙たにはなりつ 人見なばすねものなどことやうの名をや得たりけん 人はわれを戀にやぶれたる身とや思ふ あはれさるやさしき心の人々に涙をそゝぐ我れぞかし このかすかなる身をさゝげて誠をあらはさんとおもふ人もなし さらば我一代を何がための犧牲などこと/″\敷とふ人もあらん 花は散時あり月はかくるゝ時あり わが如きものわが如くして過ぬべき一生なるにはかなきすねものゝ呼名をかしうて
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うつせみのよにすねものといふなるは
  つま子もたぬをいふにや有らん
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をかしの人ごとよな

春のゆふべよは花さきぬべしとて人ごゝろうかるゝ頃三日四日のかけ斗に成て一物も家にとゞめずしづかにふみよむ時の心いとをかし はぎ/\の小袖の上に羽織きて何がしくれがしの會に出でつ もすそふまれて破らじと心づかひする又をかし 身のいやしうて人のあなどる又をかし 此としの夏は江の嶋も見ん箱根にもゆかん名高き月花をなど家には一錢のたくはへもなくていひ居ることにをかし いかにして明日を過すらんとおもふにねがふこと大方はづれゆくもをかし おもひの外になるもをかし すべてよの中はをかしき物也



底本:「樋口一葉全集 第三卷(下)」筑摩書房
   1978(昭和53)年11月10日発行
   1988(昭和63)年4月30初版第4刷
※本作品のテキストを、底本は「一葉全集」筑摩書房、1953(昭和28)〜1956(昭和31)年に拠っている。ただし、収録にあたっては、親本(「一葉全集」)にあった仮名の濁点をのぞいて本文を組んだ上で、ルビの位置に丸括弧におさめて親本の表記を掲げている。このファイルは、括弧内におさめられた「一葉全集」の表記にもとづいて作成した。底本の「枕の草紙」は、親本の「枕の草子」で入れた。
入力:三州生桑
校正:今井忠夫
2004年1月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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