れをさばくに三万四万の顧客を待たねばならぬので、容易じゃありません………そして其ハモノを売らんがため、全国各地方の書店へ交渉しましたが、何処も同じ多い破約者の古本を買ったのがトント売れないで困って居るのだからとて、少しも注文なしです、此円本のゾッキ引取は大きな思惑違いでありました」云々
此何々社というのは、一般の不景気が主な原因であろうが、先々月(八月)の末行きツマリ、合計四万円許の不渡手形で破産する事になり、先月十八日に債権者会もあったと聴いたが、同店主人の直話によると、円本を引取ったので、二万円ほどが固定して融通が利かなく、遣繰の途が絶えて終にボロを出すに至ったのであるそうな、そうすれば、此悲惨事も円本出版屋のあるが為めに起ったことであり、又前記の甲は資本金が豊富だと聴くから、マサカ三万円位でヘコタレルような事はあるまいが、それにしても商人に三万円近くの損をかけたのであるから、当人の大迷惑は思いやられる、此二点だけに就て云っても
円本出版社の罪大なり
と叫ばねばならない所であろう、憎むべし、呪うべし、俑を作る者は後なしとや、円本出版屋の開祖某、近頃財難との風説がある、冥罰のあたり時が近づいたらしい
残本の多いのに困って居る出版屋
予約者の破約随意で、いずれの出版屋も残本山積である、牛込の何々社では四十万冊に近い残本、芝の何々社では二十幾万冊の残本、何堂は十幾万、何会は無量数万という残本、自社の倉庫に入れ切れないので、婦人雑誌社の倉庫を借りて入れ、高架鉄道の下を借りて入れるなど、其残本の多いのには一同が困って居る、サリトテ別項記事の如く完成するまでの間は、ゾッキ屋に安売りする事も出来ないので、豆袋屋廻し、漉返しの原料等、ツブシにするのもあるが、何にしても資本主義の弊たる大量生産のミジメな標本であり、国産浪費の馬鹿気た厄介物である、本郷の某社ではそれを知るや知らずや、一層カサ高いヤクザ本をやりかけて居るが、今に団子坂から小菅の製紙会社まで続く紙屑車数十百が、蜿蜒と長蛇の列を作るであろうよ
残本が売れず古本が売れない理由
上記の如く残本が売れないのは何が故であるかと云うに、予約というは名のみで、随意に購読中止を申込み得られたので、一二冊又は三四冊で破約した者が多く、其予約者と継続者の過半が、古本として売却せし数が夥しいので、残本(新本)がヨシ安いにしても、既に買入れたのが持腐れとなって居るからである
著者は去る八月中、東京帝国大学の御用出張という格で、明治時代の古新聞古雑誌を買集めのため、信越より東北の各市を巡ったが、到る所の古本屋は、皆右の持腐れにアグネて居た、新潟市の某店、弘前市の某店、盛岡市の某店などは、いずれも当分円本の古本は買わない事にして居りますと語った、著者は円本の状況視察として、何処へ行っても同じ問を発したのであるが、秋田市の某店では、不況の泣言などはならべず、ずらりと配列した円本棚のを指して「何しろ、アノ通りで少しも動かないのですからネー」と云って、大口を開けたままあとの語を発しなかった
そして一方、読者界の者が何故買わないかという問題、これは円本宣伝の大袈裟に釣られて、本というものは、親が買って呉れた小学の教科書を持っただけで、外の本は買った事もない連中までが、予約者に加わったのであるから、売る者はあっても買う者がないのである、少し気の利いた人々は、最初から円本に取り合わず、ヤスイ売り物があっても「ザマ見ロ」とばかりに冷眼視するだけで、買わないからである
残本屋の揃い物が少し売れたのは、何にしろ実価の安いものだから(一円本が二十銭)、寝かして置いても店の飾りに成り、或はイツカ風来の客に揃い物として高売りのできる事もあろうかと、小い古本屋共がアテなしに買ったからである
近頃新たに出た円本もヤハリ同じ運命に陥ってツブシの原料に成るであろう
萌出るも枯るるも同じ野辺の草
いずれか秋にあわで果るべき
ハヤリ物にロクなものなし
「流行物にロクなものなし」とはよくも云った古諺である、明治時代の蘭や万年青《おもと》、兎や狆、往年の鶉など、数十円数百円に売買されたものが、今はドーであるか、近くは小鳥飼の流行を見たであろう、一羽七十円のセキセイが今は一銭、二三十円の十姉妹が五厘という下落相場、それも買人《かいて》なし貰人《もらいて》もなしで、山に放ち野に放ちであるそうな、先日大阪から飛行機に乗って上京した柳屋主人の談が面白い
「小鳥はタダでやると云っても餌代がかかるので貰人がない、殺して焼鳥にしてもウマクない、そこで鳥箱の入口を開て、飛出し飛入り勝手次第という事にして置くと、朝出た二羽の十姉妹が夕方に五六羽のナカマを連れて来て同じ鳥屋で眠り、翌朝は其七八羽が飛出して夕方に十羽以上で帰って来るそうです、放たれて籠まで安売り
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