引出して自動車に乗せ、各町の家々に立寄って「どうぞ宜しく」と選挙当時の投票乞食見たようなマネを強要されるのは横暴じゃありませんか」と云ったそうである
咄 如何に必死の競争とはいえ、トロクサイ手代連をして斯かる気焔を吐かしめる程の愚劣手段を演じて、無駄な金を遣うなど、経済ならぬ不経済極まる没常識の沙汰ではないか、今に其不経済運動のタタリで、約束手形の不渡だけではすまない事になるだろう、ナモ

残本を安売して談判された出版屋
これは本年六月頃の事である、一円本の第一巻より六巻までとか、第一編より四編までとか云う新本がゾッキ屋の手を経て、少しずつ、各地の古本屋に出た時、大阪の新本取次書店が連合して東京の出版元二三へ談判をした、それが面白い
「我々が一円で配付したのと同じ新本が、昨今古本屋の店に一冊四十銭内外の正札付でならべられて居る、それでお客様から苦情を持込んで来て、結局今後はイラナイと云って破約される、予約者が売った古本なら仕方もないが、出版元が残本を安売しては、我々が迷惑至極である、今後も尚又残本を安売りするのならば、我々は連合して円本の取次販売を断然止めるがドージャ」
此強談判を受けた出版元は青く成ってアヤマリ「それは御尤であるから、予定の冊数を完全に出版した後でなくば、残本安売りをいたしませぬから、ドーゾ不相変」と一同が平伏して無事に落着したのである、これで完成後は安売りする事を明言して居るのである、此時談判された出版屋の一人たる神田の某社主人が「実は安売りしたのではありません、ゾッキ屋某へ抵当として入れてあったのを期日までに行かなかったのを口実にしてそのゾッキ屋が当方へ無断で揃物だけを安売したのであります」と弁解したそうであるから、著者は其のゾッキ屋の主人に逢い、無断で売ったのか否かを糺して見ると、其主人は「抵当に取ったのではありません、初めから買切です」と明確に答えた、いずれが真であるにしても、出版屋の窮状は此一事ででも察し得られるであろうが、不思議なのは、其出版屋某が、倒れもせず今に継続して居る事である、其後ドコからか金主を見付け出したのか、又はウマク遣繰して、平凡ながらも余命を繋いで居るのであろう
さて完成後は安売りする事になっていても、何処のゾッキ屋も買わないであろうから、如何に処分するかが問題である

残本を買取ったゾッキ屋主人の後悔談
著者が親しく聴き取ったのは、外神田佐久間町辺の何某というゾッキ屋と、内神田表神保町の何々社というゾッキ屋との二軒である
先ず甲の主人は語った所を略記する
「去る三月、円本のゾッキを扱う皮切り、前例が無いのだから儲かるに違いないと云う予算で、一円五十銭の上製本を一冊四十銭の割で買い、一円本を二十銭の割で買いました、総高が三万円です、トコロが案外、サッパリ売れませぬ、最初は四十銭のを六十銭、二十銭のを三十銭の卸売ということにしたのですが、夜店出しは勿論、各地方の本屋が買わない、そこで六十銭を五十銭に下げ、三十銭を二十五銭に下げましたが、それでも売れない、昨今は原価に足りない三十五銭、十八銭という損をした安値をいっても買人なしです、在外邦人へ向ければ売れるだろうと思って、米国に荷出をして居る名古屋の何某へ見本を送りましたが、在外邦人も内地と同じく、円本予約の破約者が続出で、取次店が困って居る際だから、安価の残本だといっても、送り付けはダメです、なにしろ米国では一円本を送費かけて一円四十銭位に売らねばならないのですが、ゾッキの残本でも向うへ送れば一冊一円位に売らねばならず、出稼人は多くても、購買力のない文盲者ばかりが残って居るので、迚も売れませぬと云う返事です、此円本のゾッキは実にアテ外れでありました、これに懲り/\して、今後円本のゾッキ買は断じてやらないつもりです、三万円の内、少しばかり売っただけで、全くの背負込みをドーすればよいかと、頭脳を痛めていますが、妙薬更になしです」云々
という聴くも気の毒の悲哀談、次は乙のゾッキ屋主人
「ワタクシ方は、一円本の残本十七万冊を一冊十二銭の割で二万円余に買取りました、トコロが、一から四までの揃いとか、一から六までの揃いとか云うのは、割安ですから皆売れましたが、アトがサッパリ売れませぬ、ハモノは殆ど買人なしです、其ハモノが多いので、如何にすればよいかと心配していますが、一向に好い智慧も出ませぬ、………ドーしてハモノが多いかと申すと、残本のゾッキですから、一巻は六千部、二巻は八千部、三巻は四万二千部、四巻はタッタ三百部、一篇は二百五十、二篇は二万六千、三篇は三万三千、四篇は百七八十、五篇は八百二十、六篇は二百八十というように、印刷高の激減と破約者の多少によって、残本数に大差違があるのです、揃い物は二百か三百に過ぎませんから売れたのですが、ハモノはそ
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