遊里に耽溺して居るとか、住家を建築したとか聴いては、普通の人情として嫉み根性を起したり、羨しがるのは無理ならぬ事であるが、そんな劣等感情でなくして危険な反感を持つ人々が、有識階級連の間に多い
真面目に修養して最高の学府を出た者が、日々勤務して月俸百円とか二百円、或は十年二十年、刻苦研鑽を重ねて立派な学者に成った者が、月収僅かに幾十円というのが世間に多い、否それが現代の実状実相である、此連中には世俗に超越した無関心の人々も多いが、中には印税成金の事を聴いて、馬鹿/\しい世の中である、此不公平を打破せねばならぬと、所謂赤化しつつある人も少くない、ここに想到すれば、国家主義の上よりしても円本出版屋を掃蕩せずばなるまい、嗚呼

円助芸者と円本芸者
明治時代に円助という語はあったが、円本という語はなかった、円本という語は円タクと同く、昭和新時代の新熟語である、明治旧時代の円助芸者は一円札でコロブ(売淫)という意義、昭和新時代の円本書肆が一円本でコロブ(破産)という事になれば好一対
此駄洒落を聴いた座中の一人が、東京牛込神楽坂には円本芸者というのがあろと告げ、円本成金に愛されて居る芸妓ということだとの説明、それでは平凡で面白くない、表装ばかり奇麗で、内容がゼロのため少しも売れない古本と同じ芸妓を、円本芸者と呼ぶことにならないかネ――、とやったので「どこまでもですナー」と一座哄笑

円本関係の裏面談
これより以下は、円本出版屋に関係した事、円本予約者に関係した事、円本の残本を買取ったゾッキ屋(残本を仕入れて各地方の本屋へ売ったり、市内の露店商人等に売ることを専業とする問屋)の事などを記述するのである
但し前記の「害毒の十六ヶ条」中にも裏面談がある如く、此裏面談の中にも害毒論が混じて居る
裏面談は以下に記述する外、マダ幾許でもあるが、大同小異の事であり、或は指名して具体的に書かねば面白くない事もあり、或は事実に相違なきか否かを偵察せねばならぬ事などもあるので、総て省いた、蚊士と出版屋との間に於ける瑣談は多くあるがいずれも俗界の常事、採録する程の事でもない、今後見聞した中に珍談奇事があれば後日『円本全滅記』刊行の時にでも記述する

釣られた予約者の多かった理由
円本出版屋が出した諸新聞紙上の大広告に釣られ、其内容見本のソソリ文句に釣られ又取次店の甘言に釣られた天下の衆愚が、潮の如く殺
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