ゆく
赤い足の白い鳥のやうに
お尻のところからパツとひろがつた服を着て
町へ買物に御出かけ。
無邪氣な女と小供よ。
氣をつけて行け危いから
よつぱらひに會はないやうに。
荷車にひかれないやうに
[#地から1字上げ](一七、九、八、愛の本所載)

  ○

今日は何と云ふ晴天
風があるので日の光はすさまじく
何となく神祕的なまよはされるやうな日だ
空はまつさをにまよはすやうに
地上のあらゆるものは亂れて輝き溢れる。
[#地から1字上げ](一七、九、八、愛の本所載)

  ○

小供がものを食べる時を見て居ると恐くなる
本能そのものを見るやうだ。
恐いやうに食べる。
どんなものも噛み碎き嚥み下ろし飽くを知ら無い恐さを感じる。
異樣の恐さを感じる。

  ドーミヱを思ふ

寢床の中で
小供が仰向けになつて怒つて泣いて居る
口を一杯に開けて
涙が兩眼から眞赤な頬に溢れて濡らしてゐる
小さな顰んだ顏の眞中に
鼻が小高く突立つてゐる。
面白い恰好だ。
ドーミヱを思ふ。
此世の空氣の中の一つの光景。
[#地から1字上げ](一九一八、二、三日)

  小さき金魚

となりの人は引越した。
主人が發狂して田舍へかへり
殘つた妻君と十二三の憂鬱な娘とは何處かへ間借りをする爲めに、
三羽の鷄を賣るのは哀れだと云ふので親類に預け
一匹の金魚を俺の金魚の中に殘して行つた。
自分は妻の留守にフト水瓶を覗くと
小さな、小さな苔のやうなものが瓶の隅で
ピチヨ/\と動き廻つてゐるのでびつくりした。
「おや金魚が生れたのかしら」と不思議に思つた。
よく見ると灰色に少し紅の交つた眼玉の飛び出した支那金魚なので。
フト思ひ出した。あの娘が可愛がつてゐたのを放して行つたのだなと。
自分は危く涙がこぼれ相になつた。
灰色に少し紅の交つた眼玉のとび出した小さな金魚が赤い大きな
金魚の群の中で、瓶の隅を一匹でチヨピチヨピと動き廻つてゐる哀れさ。
今生れた許りのやうなフヨ/\した眼にも餘る小さな金魚、
あの娘のやうなあの顏色の惡い、眼の大きい、
氣違ひの遺傳でもあり相な、あの哀れの娘のやうな
生たものはどんなものでも殺す事が嫌ひだと云ふあの娘のやうな、
三羽の鷄に別れて、明日から玉子が食べられないと云つて、
今日産み殘して行つた玉子を大事にしたあの娘のやうな
思ひが殘つてゐるのではないか
あの淋しさうな金魚、チヨピ/\と水をはねかす金魚、淋しい金魚、
自分と前後して縁日で買つた五匹の中一匹生き殘つてゐた、
あの小さな金魚、御前も決して無情ではない。
あれを見る度びに俺は娘を思ひ出すだらう
淋しい哀れな、御父さんに別れて、
御母さんと淋しい他人の家の二階へ行つた娘を御父さんと別れてから
あの御母さんの元氣なささうにくらしてゐた事を
俺は忘れないだらう
あの淋しい人達……幸福でつゝがなくあれ。
[#地から1字上げ](九、二十一日、愛の本所載)

  三人の親子

或年の大晦日の晩だ。
場末の小さな暇さうな、餅屋の前で
二人の小供が母親に餅を買つてくれとねだつて居た。
母親もそれが買ひたかつた。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三錢と云ふ札がついて居る賣れ殘りの餅である。
母親は永い間その店の前の往來に立つて居た。
二人の小供は母親の右と左の袂にすがつて
ランプに輝く店の硝子窓を覗いて居た。
十三錢と云ふ札のついた餅を母親はどこからか射すうす明りで
帶の間から出した小さな財布から金を出しては數へて居た。
買はうか買ふまいかと迷つて、
三人とも默つて釘付けられたやうに立つて居た。
苦るしい沈默が一層息を殺して三人を見守つた。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顏を出して、
如何なる事かと眺めて居た。
然うして居る事が十分餘り
母親は聞えない位の吐息をついて、默つて歩き出した。
小供達もおとなしくそれに從つて、寒い町を三人は歩み去つた。
もう買へない餅の事は思は無い樣に、
やつと空氣は樂々出來た。
月も雲も動き初めた。然うして凡てが移り動き、過ぎ去つた。
人通りの無い町で、それを見て居た人は誰もなかつた。場末の町は永遠の沈默にしづんで居た。
神だけはきつとそれを御覽になつたらう
あの靜かに歩み去つた三人は
神のおつかはしになつた女と小供ではなかつたらうか
氣高い美くしい心の母と二人のおとなしい天使ではなからうか。
それとも大晦日の夜も遲く、人々が寢鎭つてから
人目を忍んで、買物に出た貧しい人の母と子だつたらうか。
[#地から1字上げ](一九一六、一二、三一夜)
[#地から1字上げ](以下五篇、生命の川所載)

  夕刊賣

十一月のびつしりと凍えた夜
街の四辻に女は新聞を賣る
彼女の脊中には三つ位の小供が掻卷にくるまつて、
小さな頭のうしろだけ露はに晒し出して、
顏を脊中にう
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