力よ
かくして亂雜な背景はとりかへられ
騷ぎしづまれば
月も星も高いところにはね上り
天と地は整然とへだてられてしまふ。
[#地から1字上げ](十一月二十三日)
星
夜ハガキを出しに
子供を抱いて往來に出た
郵便局の屋根の向ふの
暗闇の底から
星が一つ青々と炎えて自分の胸に光りをともした
自分は優しい力を感じた、氣丈夫に感じた
宇宙を通して火はめぐつて居るのを感じた
至る處に優しい力がまき散らされてゐるのを感じた
自分の内と星は同じ火でつくられ、同じ法則に從つてゐると思つた
暗闇の底にある遠い星も自分で動かす事が出來る
優しい力で動かす事が出來る。
往來で
町を歩けば
何か自分を貫いて來る
行き交ふ凡ての人の運動の中を
無言の挨拶が貫いて居る。
思はず自分は後しざりして歩いて行く
或る力が自分を押し流す。
子供の時
丸い團子を描いて
それを串を描いてさし通すのが變に面白かつた。
一氣にうまくさし通せば喜んだ。
同じ事を幾度くりかへしても面白かつた。
あの手應へを感じる。
白い温室
自分は妻と子供と三人で
まる三日間、かし家を探して歩いた。
何處にも無いのでがつかりした。
或日もう夕方近く、
三人は大きな邸の裏庭のあらはに見える道に出た。
自分は妻の疲れをいたはつて話し乍ら、
どつちへ行かうか迷つて居た、
その時ゆくり無く
自分の眼には
冬枯のさびれた裏庭の隅に
疎らな木立を透かして
ガラス張りの大きな白い温室が少し靄に包れて
無人島に漂泊した人の憔衰した眼に
偶※[#二の字点、1−2−22]暗い沖を通過する白い朦朧とした汽船を見出した喜びのやうに、
靜かに暖い美の姿を現はした。
自分はびつくりしてはつきりは見なかつた。
その必要はなかつた。
幻で澤山だ。自分は再びそれを見るのが苦るしかつた
眼を反らした。
自分は妻を顧みて身顫ひをして
「仕事がしたい」と叫んだ
妻は疲れた顏をして默つて自分を見上げた
然うして二人は庭の垣に添つた道を通り過ぎた。
自分の頭には女のやうな白い温室が殘つた
それは人の目に屆かない、觸れ無いところに
靜かに露骨に立つた孤獨な姿だ。
人の世を離れて安らかに生きてゐる美に包れた幸福の姿だ。[#地から1字上げ](十一月十八日)
三人の子供
三人の子供が
原ぱで泥いぢりをして居る。
穴を掘つてその周りに立つたりしやがんだりして居る。
淋しい大きな空の翼はから鳴りを發し
忽ち日を蔽ふやうに暗くなり
卒然として舞ひ下り
深淵はそこに開け、三人の子供を呑み込んで消え失せる、
刹那三人の子供は光りのやうに其處にこぼれて睦み合ひ
自分の過ぎて行くのを微笑して見て居る。
[#地から1字上げ](十一月二十四日)
默劇
子供と妻と原へ遊びに行く
大人に連れられ無い子供が二人原の隅に淋しさうにうろついて居る。
何か探すやうに、手もち無沙汰で、
わが子は元氣で原をとび廻り
元來し道の方へ行かうと大きな聲で「あゝ」と云つて指して示す、
二人の子供はびつくりして竝んで立止り
わが子の指さした方に同時に顏を向け
すぐ又顏をくるりとかへしてわが子に向けた。
自分と妻は可笑しくて笑つた。
やがて又三人の子供が來た。
三人とも同じい位の間をへだてゝ
淋しさうに地面を見乍ら何か探して來た。
自分達の側へ來ると
三人とも顏を上げて一人で飛び廻るわが子を見乍ら立止つた。
然うして默つて同じ位な笑ひを浮べ乍ら
又ソロ/\申し合はしたやうに歩き出し
自分達のうしろへ原の隅に竝んで音も無く消えて行つた。
眞夜中の宴會
あゝ眞夜中、ふと目ざめ、窓に立つて行つて
外を覗けば、壯麗無比の宴會は開かれて居る。
もう餘程前から開かれて居るらしい。
多くの人は皆んな妻も子も親も兄弟も友人も無數の知人も
打ち連れて早くから行つて居るらしい、
自分はこの招待の日を忘れて居た事を思ひ出して悔やしくなる。
もう今から行つても遲い氣がする。宴會は下火らしい。
いや今が絶頂かも知れ無い。自分は一人窓に佇んで見る。
木は一杯魚のひそんだ大きな藻のやうに
靜かに光を放つて溌剌として入り亂れ
一夜の中に凡ての美を焦燼し切るやうに
優しく強き姿をして整然と佇み
全世界から美の粹を集めた星は少し赤味を帶びて輝き競つて舞踏し
夜の更けたのを知らせるやうに
少し疲れた歡樂の宴の再び勢ひを新たにつけられるやうに
風も無いのに落葉の音は
一齊に起る拍手のやうに空中に入り亂れ觸れ合つて
無數の細かな音を發し
幾度も幾度も同じ事がくりかへされ
宴會は更に絶頂へ至りつくやうに
あり餘るところから新に酒肴が運び出されたやうに
一氣に何倍も光りが加へられ
燈の數は増され
夜のふくるまで壯麗無比の宴會はつゞく
自分はもう招ぎに遲れたのを悔やまない
自分はそれ
前へ
次へ
全26ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
千家 元麿 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング