來て
青空の輝く下にちらばり
心から讃め合つたりうまく冷やかしたり、
一つの球で遊んでゐる。
雜り氣の無い快活なわざとらしくなく飛び出し出た聲は
清い空氣の中にそのまゝ無難に消えて行き
その姿はまるで星のやうに美くしい
星も側へ行つて見たら
あんなに青白く、汚ないにちがひない
一人々々の汚ない服や病的の體のかげから
快活な愛が花やいでうつかり現はれる美くしさ、なつこさ、
鐘が鳴ると彼等は急に緊張して
美くしい笑ひや喜びや好奇心に滿ちた快活さを一人々々、
疊んでどこかへ隱したやうに
一齊に默つて歸つて行く。

  幸福

幸福は
鳥のやうに飛ぶ。
自分の内から羽を生やして飛んで居る。
それをとらへよ。
空中にそれをとらへよ。
暖にそれをとらへよ。
手の内でも啼くやうに。
幸福はとらへるのが難しい
とらへても手の中で暖みを失ひ
だんだん啼かなくなつて死んでしまふ。

幸福は追ふな、とらへようとするな
そのまゝにしておけ。
人間の冷たい手をそれに觸れるな。
人間の息をそれに當てるな、
清淨な空氣にそれを離してやれ。
それを追ふな。
遠く消えて行つても心配するな、

幸福のみは
神の手にあれ、
生き暖き神の手にあれ
よみがへし給ふは神の息のみ
清淨な風と火の業にあれ。[#地から1字上げ](一〇、二四)

  或る時

御寺のあとの空地に
旅廻りの曲馬がかゝつて
高い天幕を張つて旗や提灯を樹てた。
自分は小さい弟や妹にせがまれて見に行つた。
未だ始つてゐなかつた。
人々は草原に集り、高いところに並べてつるした
繪看板を見上げたり、前に並んだ馬を見たりしてゐた、
幕が開いてゐて中には舞臺としやじきが見えた。
絆纒を着た男や襷がけの女が、ランプをつるしたり、
舞臺を掃いたり、座布團を重ねて居た。
犬も澤山ゐた。小さな椅子の上に乘つて外を見て居た。
人がゾロ/\集つて來た。
繪看板のうしろの高い所、
ボツクスに樂隊が陣どつて悲しいふしで吹奏し出した。
御白粉をはげちよろに塗つた十か十二位の女の子が舞臺へ出て來て、
犬にからかつて居た。
札賣場に大きな男がのつかつて、
札をつみ上げて原の方から集つて來る人を見て居た。
妹や弟は遊び廻はつては天幕の前に來て中を見た。
馬を批評した。
見物人は殖えて來て、
札を賣り初めた。
日はくれかゝつて天幕の向ふの空に燃えてゐた大きな雲が崩れ初めた。
それを見乍らどうして地球は圓いか話し合つてゐた、
弟や妹は今晩曲馬へ來たがつた。
自分をせびつた、
自分は斷るのが可愛相な氣がした。
棧敷にはだんだん人が殖えた。
それ等の人を見ると自分は恥しい氣がした。
小供をつれて入つてゆくのが恥しい氣がした、
自分は赤い顏をした。
弟や妹をごまかして歸りかけた。
二人は自分の手に兩方からぶら下つた。
自分は淋しくなつた。涙ぐんだ。
自分はうしろに賑やかな然し悲しい樂隊を聞き、
札賣りのどなる聲を聞き乍ら
何かに襲はれるやうに坂を下つた。
門が見えると
弟も妹も自分の手を離れて一目散にかけて行つた。
自分は淋しく苦るしかつた。死んだ弟の事を思ひ出した。
自分もうしろから家をめがけて馳け出した。
[#地から1字上げ](一〇、一三夕)

  創作家の喜び

見えて來る時の喜び、
それを知ら無い奴は創作家では無い
平常は生きてゐても、本當ではない
自分の内のものが生きる喜びだ。
自分の内の自然、或は人類が生きる喜びだ。
創作家は、その喜びの使ひだ。

  初めて小供を

初めて小供を
草原で地の上に下ろして立たした時
小供は下許り向いて、
立つたり、しやがんだりして
一歩も動かず
笑つて笑つて笑ひぬいた、
恐さうに立つては嬉しくなり、そうつとしやがんで笑ひ
その可笑しかつた事
自分と小供は顏を見合はしては笑つた。
可笑しな奴と自分はあたりを見廻して笑ふと
小供はそつとしやがんで笑ひ
いつまでもいつまでも一つ所で
悠々と立つたりしやがんだり
小さな身をふるはして
喜んで居た。

  道端で

道端にベニ色の衣服を着た赤ん坊を抱いた老婆が休んで居る。
母の胎内ですつかりのびた小供の頭の髮は
ところ/″\から長くのびて前へ垂れ
大きなつむりを下げて默々と地上を見詰めて動いて居る。
靜かにおとなしく、孤獨で
未だものを見る勢も無いが、彼はもう動き出しさうに見える。
よそ見してゐる老婆の手からすりぬけて行きさうに見える。
頭がだんだん垂れて行く、地上へ向つて。
その深い姿は日の目の見えぬ他界の蔭に育つたものを思はせる。
地の底を流れる河の渦まく淵から現はれたやうに暗黒で異樣だ。
そこに此世ならぬ顏がもう一つ現はれて居る。
地球が青空の中に包まれて浮んで居るやうに
見えぬ姿に包まれて半分姿を此世に現はして居る。
默々として孤獨で、つくられたまゝ
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